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はじめに名探偵といえば今の皆さんが真っ先に思い浮かべるのは名探偵コナンかもしれないが、その名前の由来となった英国作家アーサー・コナン・ドイルが生み出したシャーロック・ホームズが世界で一番有名な探偵であることに異を唱える人は少ないであろう。ホームズの探偵手法は己の豊かな知識をベースにして、きめ細かな観察から得られたサインを組み合わせて真実を暴いていく演繹法である。一例を挙げると第1作目「A Study in Scarlet(邦題:緋色の研究)」の中で、アフガニスタンで負傷してロンドンに召還され、住む場所を探していた軍医ワトソンが、共通の友人からホームズに初紹介された場面。「Dr.ワトソンだ」とだけ伝えられたホームズは、いきなりワトソンに向かって「アフガニスタン帰りですね」と尋ねて彼を驚愕させている。後日ホームズは種明かしをするのだが、「Dr.なのに立ち振る舞いは明らかに軍人なので軍医であろう。顔は真っ黒だが、地肌部分は白いから熱帯地方から帰ってきたばかりだ。やつれた顔と左腕を負傷していているから艱難辛苦を経験している。今(1880年当時)、英国軍医が苦難を経験し、腕に負傷を受けてしまうような熱帯はアフガニスタン以外になし」(注:1880年マイワンドの戦いは19世紀中の英国軍唯一の敗北)。理由を聞いてしまえばそんなことかと思う。しかし、診断という視点でこのやりとりを捉えた場合に注目すべきは、問診なしに外見や行動、皮膚色、怪我の有無といった本人から得られる情報とすでに持っている知識を総合的に判断して一つの仮説を導き出している点であろう(同時にあくまで仮説であり、盲信するといつか痛い目に合いそうだなという予感も……)。だいぶ前置きが長くなったが、われわれ周産期医療従事者は物いわぬ赤ちゃんからさまざまなサインを読み取り、自らの知識と経験に照らし合わせて隠れている真実を探り出さなければならない。全国の赤ちゃん名探偵たちの技とコツを網羅した前作「新生児の症状別フィジカルアセスメント」を踏まえて、今回新たな執筆陣を迎え、多くの情報を収載したパーフェクト版が完成した。医療技術が進歩しても赤ちゃんが出すサインに変わりがあるわけではない。本書で名探偵たちのさまざまなテクニックをご堪能していただければ幸いである。 2020年8月 聖隷浜松病院総合周産期母子医療センターセンター長 大木 茂

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