「典型的なケースだったなあ~」「これは非典型的で診断に難渋したよ」なんて会話をよくしますね。でも典型的って何でしょうか? ある疾患について教科書で調べてみると、書いてある症状は5~6個、多いと10個程度記載してあり、検査や治療も複数記載されています。しかし、書いてある症状のすべてが出現している患者にはそうそう巡り合いません。いや、そのような患者はいないと言ったほうが正確でしょう。検査もすべてを実施することなく診断していますし、治療もどれかを選んだり、いくつかを組み合わせて実施したりすることも多いでしょう。そうなのです! 医療の本質はそこにあります。目の前にいる患者はすべて一人一人異なる生活背景を持ち、生物学的な特性も異なっています。一度経験したことがある病名でも、二人目の患者ではまったく異なるアプローチが必要になるでしょう。いつまで経っても極めることができない不思議な世界、それが医療ですね。「不確実性と蓋然性の科学」と言われる医学。それをわきまえて医師も看護師も患者さんの診療やケアをすることで、生きた医療ができるのです。でも、ちょっと不安になりますよね、いつまで経ってもゴールがないのかと。いえいえ、一つ一つの症例をカードのように集めながら進み続けると、いつしか各疾患のイメージが頭の中にできていきます。これはとても大切なことで、それに「似ている」「ちょっと違うけど」といった見方ができると診断や推論のきっかけをつかむことができるようになります。また、治療・ケアも外してはいけない軸と患者ごとにアレンジするべきことが見えて患者ニーズをしっかり把握できるようになります。本書では皆さんが頻繁に聞いたことがある、経験したことがある疾患を取り上げています。同じ病名でもいろいろな複数の症例を示して解説するように各執筆者にお願いしました。皆さんの経験症例―カードを増やして疾患イメージを膨らませてみてください。次のステージへ進む楽しさが湧いてくることでしょう。2020年4月 藤沢市民病院 副院長 阿南英明はじめに
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