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脳血管内治療 専門医への道③FFeatureTOP脳神経外科速報 vol.31 no.1 2021.1. 11 しかし,瘤内への造影剤の流入が消失するまで,コイルの充填が必要であることを上級医から助言された.今では機械式,電気式ともに速やかにコイル離脱されるが,当時のコイルは通電が鈍く,充填されるコイルの数が多くなるほど離脱時間が遅延した.長いときで,コイル離脱に30分以上もかかることがあった.離脱されるまで,束の間の休憩時間を与えられた.そのときの放射線防護服からの解放感は今でも記憶に残っている. 麻酔科医のみ血管撮影室に待機し,隣接するレントゲン技師室にて遅い昼食をとった.時計の針は,午後10時を回っていた.休憩終了後,再度,放射線防護服を着用したが,まだコイルは離脱されていなかった.最終8個のコイルが充填され,翌日の午前1時30分に手術が終了となった.当時は止血デバイスなどなく,圧迫止血に30分程度の時間を要した. 開頭術に憧れ,脳神経外科医の専攻を決意した自分には,何か違和感と,分野の違う領域であると感じた.しかし,翌日の術後覚醒はよく,ICUを独歩にて退出され,術後5日目に自宅退院となった.同時期,未破裂中大脳動脈瘤の開頭クリッピング術を施行された患者の担当医でもあった.患者は46歳の女性で,当時,頭部は全剃毛であった.術後の顔面腫脹は著しく,術後疼痛の訴えが強かった.術後10日目に退院となったが,周囲の視線を気にされ,深く帽子を被っていた.低侵襲というキーワードを痛切に感じ,脳血管内治療への違和感は一掃された.そして,脳血管内治療医を目指すことを決意した. 脳神経外科入局後,3年目にその機会が訪れた.未破裂脳動脈瘤(BA-SCA)の症例であった.穿刺からガイディング留置,そしてマイクロカテーテルの挿入からコイル充填まで全ての手技を遂行した.瘤内へマイクロカテーテルを挿入する際は,自分の心臓の鼓動が激しく,Yコネクターを閉める手の震えが止まらなかった.瘤内へコイルを充填する際,2Dコイルでありながらもフレーミングが作成され,コイルが離脱した際は感無量であった. 振り返れば,動脈瘤頚部は非常に狭く,どの術者であっても同様の結果であったと思われる.しかし,直達術と違い,2次元である画面を見ながらの手技に興味が掻き立てられた.脳血管内治療に一層の興味が湧いた.「好きこそ物の上手なれ」と言われるように,専門医を目指す先生らは,脳血管内治療を好きになっていただきたい. 脳血管内治療専門医取得後,2つの大きな挫折を経験した.1つ目は取得後1年目の破裂脳動脈瘤(Acom)に対するコイル塞栓術であった.十分な塞栓が得られ,術後の麻酔覚醒も良好であった(図1A).しかし,術後2時間後に,急激な意識レベルの低下を来し,頭部CTにて再出血を認めた(図1B). 当時の勤務先は,開頭術が第1選択であり,術後のカンファレンスでは,脳血管内治療は根本的な治療になっていないと意見された.当時はコイル塞栓術後の血圧管理に厳格な治療指針がなく,今振り返ると,再出血の原因は不十分な血圧管理にあったと考えられる.透視画面では,十分な塞Ⅳ.はじめての塞栓術Ⅴ.専門医取得後の挫折

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