私たちがなにかをしようとするとき、考えるとき、だれかになにかを伝えようとするときなど、単純な運動や感覚を超えるすべての活動には高次脳機能が介在しています。高次脳機能はその人らしさを左右するもっとも重要な機能であり、社会的な存在であるために不可欠なものです。高次脳機能が障害されることは、自分という存在が根底から覆されることを意味し、脳に損傷を受けると私たちが感じている世界はその日を境に一変します。 高次脳機能障害を有する患者さんへの対応は、むずかしいと敬遠されがちです。また、高次脳機能障害は見えにくい障害であり、その存在に気づかなければ“指示を守れない患者さん”“迷惑な患者さん”のレッテルを貼られ、不必要な薬物療法が行われたり、強制的に退院させられたりする場合さえあります。しかし、高次脳機能障害は適切に対応して環境調整を行えば、その影響を最小限にとどめ、社会復帰につなげることも可能な病態です。高次脳機能障害によって大きな不安を抱いている患者さんのことを知ろうとすることは、彼らを社会的な存在と認めるための最初の入り口であり、ともに障害に向き合う覚悟をもつことが高次脳機能障害の治療やケアの第一歩です。 高齢化や救命率の向上により、認知症や脳卒中などで高次脳機能障害をもつ患者さんの看護やリハビリテーションは今や当たり前となりました。本増刊号では、日々、高次脳機能障害の患者さんに向き合い、悩む医療者を少しでも支援できるよう、失語、失行、失認などの古典的な高次脳機能障害から認知的フレイルなどの最新の話題まで、この1冊で高次脳機能障害の原因、病態、評価、対応・治療などが網羅できるように、第一線でご活躍の先生方に解説していただきました。ぜひ本書を活用して高次脳機能とその障害がなんたるかをご理解いただき、高次脳機能障害の患者さんが等しく社会的な存在として認められ、適切な治療や多くの関係者の支援を受けて、穏やかに暮らせる日が来ることを心より願っております。国立研究開発法人国立長寿医療研究センターリハビリテーション科医長/認知行動科学研究室室長大沢愛子はじめに
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