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医療と介護 Next 2018 秋季増刊6中村●私は02年から05年まで老健局長を務めていたので、最初の改正である05年改正を担当しました。介護保険は多くの人が大変苦労された末に創設された制度で、審議会などの議論も難航したし、法案を国会に出した当時は連立政権だったし、政治家に翻弄されるような局面もありました。市町村が保険者になることにも抵抗があり、当時の与党としてもなかなか法案を出せなかった。 だから厚生省としては、まずは、とにかくやらせてくださいという感じで、やってみて5年たったら制度を見直すことを約束して動き出しました。そんな経緯があって、5年後の改正という宿題を最初から背負ってい制度開始時に5年後の改正が決まっていたました。必ず改正しなきゃいけなかった。 05年改正では、実際に運用して見えてきた課題を踏まえて改正しようということになりました。どんな課題が見えてきたかを分析する段になって、非常に驚いたことがあります。伊原●どんなことですか。中村●要介護認定が始まって、介護を必要とする人のデータが得られるようになったことです。それ以前、90年代に課長だったころはデータが何もなかったんですよ。全くなかったんです。介護保険以前は、ホームヘルパーさんがどこに行っているのか、行く必要があるのか、データはなかった。寝たきりの高齢者がどこに何人いるかなどが、実はわかっていなかったんです。当時は他のデータを組み合わせて在宅の寝たきり老人は全国に24万人いるだろう、などと推計していました。介護保険は何回かの制度改正を経て新たなサービスなどが加えられ、現在に至っている。改正は何を意図し、社会はどう変わったか。高齢化が進んで必然的に誕生した地域包括ケアPart 1 介護保険が生み出したもの

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