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1バイタルサインでは何をみる?バイタルサインという言葉は、すっかり臨床現場に定着して、「バイタルとってきて」という依頼をされれば、通常は「体温、呼吸数、(経皮動脈血)酸素飽和度、血圧、脈拍数を測ってきて」という意味になります。Vitalは「生命の」、Signは「徴候」という意味の英語ですので、バイタルサインとはすなわち、生命の徴候です。ヒトが生命を維持するためには、代謝酵素が活性を持つ環境(一定範囲内の体温)にあって、体組織が代謝活動に必要とする酸素を取り入れ(呼吸)、各組織細胞に行き渡らせる(循環:血圧、脈拍)ことが必須なのです。体温、呼吸、血圧、脈拍数は確かに、最も基本的なバイタルサインであるといえるでしょう。しかし、生命維持に必要なものはほかにもあります。例えば、代謝酵素の活性を維持するには温度だけではなく、pH(水素イオン濃度指数)も一定の範囲内にある必要があります。pHを一定の範囲内に維持するには、呼吸機能に加えて腎機能も正常でなくてはなりません。また、代謝活動には酸素に加えてエネルギー源、例えば糖も必要です。さらに、代謝活動の結果として産生された代謝産物(水、二酸化炭素など)のうち、生体に不要・有害なものは体外に排出しなくてはなりません。細胞が機能するためには、適正なpHと電解質バランスの水分が、体内に過不足なく存在することも欠かせないのです。加えて、生体機能の制御中枢である脳が正常に機能していることも重要です。このようなことから、血糖値、尿量、意識レベルなどもバイタルサインの一種とみることができます。重要なのは、基本的なバイタルサイン(体温、呼吸数、血圧、脈拍数)に加え、個々の患者さんにとってその時点で特に問題となっている(または問題となり得る)バイタルサインは何かを見極め、モニターしていくことです。例えば、代償性腎不全期にある患者さんが手術を受けた場合、術後の尿量は、腎機能が正常な患者さんと比べると、より重要なバイタルサインであるといえるでしょう。このような患者さんに対して、「バイタルとってきて」といわれたときに体温、呼吸数、血圧、脈拍数だけでなく、尿量もチェックしてくることができれば、超初心者から一歩前進です。同様に、頭部打撲後に意識消失があり、経過観察のために入院してきた患者さんについて、「バイタルとってきて」といわれて、体温、呼吸数、血圧、脈拍数とともに意識レベルを観察することができれば、やはり脱・超初心者です。バイタルサイン測定のポイント適切・正確に測定するまず何よりも、妥当な測定法を選択し、正確な技術によって測定することが第一です。言葉にすると一文でまとまってしまうのですが、実践では意外と容易ではありません。本書では、臨床実践で実際に遭遇する状況におけるバイタルサイン測定上の注意点を紹介していきますが、ごく基本的な測定方法は各自、復習しておいてください。異常をみつけるバイタルサイン測定の目的について、今一度確認しておきたいと思います。バイタルサインは主に、異常を(速やかに)発見するために測定します。異常が無いことを確認することが主目的ではなく、バイタルサインを測定・モニターした結果として、異常が無いことが確認されるのです。ここを間違えると、その患者さんの通常とは異なる値が測定された場合、通常に近い値を得ることを目的に何度も測定を繰り返したりすることになります。最初の仮説(この場合「異常が無い」)への反証ではなく、確認するためのデータ(この場合、「異常が無い」ことを支持する測定値)ばかりを探すことは、診断推論の誤りにつながる、考えかたの偏りの1つである確認バイアス(Conrmation bias)とされています1)。妥当な測定法によって、正確な技術で測定したのであれば、自信を持ってその測定値を採用し、フォローアップすれば良いのです。通常に近い値が出ることに期待をかけて何度も測定を繰り返すことはいたずらに時間を浪費するだけで、患者さんの状態を把握する助けにはなりません。ど桑原美弥子8

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