302060151
11/12

第章1高次脳機能障害とは11別冊のために、個々の高次脳機能障害は「巣症状」と呼ばれて、損傷部位との関連で議論されている。すでに述べてきた内容でいえば、視覚失認の責任病巣は視覚連合野であるとか、ウェルニッケ中枢の損傷では感覚性失語症が生じるというようなことである。このような確固たる機能局在論は、損傷によって生じた症状が変化しないということが前提となっている。しかしながら、事実はそれとは異なり、リハビリの機能訓練によって高次脳機能障害の症状は大きく変化することが知られている。 近年の脳科学の進歩によって、大脳には計り知れない可塑性が存在することが解明されつつある。損傷された大脳皮質を補完するために他の大脳皮質がその機能を担ったり、損傷された白質の神経線維が修復されたり、シナプスの組み換えが生じたりすることで再組織化が生じるといわれている。大脳皮質のある部位が元の機能とは別の機能を担当するようになる現象は左右の大脳を越えて成し得るということを考えると、単なる機能局在論のみで機能を推察することは無意味である。機能訓練は学習であり、運動学習である。それによって、高次脳機能障害の症状も大きく変化し、機能的に著明な改善がみられることを忘れてはならない。 失語症、失認症、失行症は比較的限局した病巣によって生じるが、遂行機能障害や注意障害、社会的行動障害などは種々の部位、しかも広範囲の損傷によって生じるため、機能局在論のみで解明しようとすると無理があることも忘れてはならない。 脳科学は劇的に進歩しつつあるが、今後は新たな治療へと発展を遂げることになるであろう。すなわち、脳神経細胞の損傷に対して新たなる神経細胞を作り出す方法、すなわち再生医学の実用化の日は着実に近づいている6)。新しい神経細胞は機能を持たない細胞であるため、損なわれた機能を取り戻すためには学習が必要となり、それは新しいシナプス結合の創造でもある。新しい神経細胞が活躍する場は既存の局在ではなく、新しい局在であることを考えるとき、そのこと自体は全体論にも通ずる概念であるかもしれない。ここで述べたいことは、神経細胞には大きな可塑性が存在し、その有効な活用には適切な学習や運動学習が必要となるということである。科学的名称としての高次脳機能障害と行政的定義による高次脳機能障害 高次脳機能障害の種類を判断するにあたっては、症候論、すなわち症状を詳細に観察して診断を下す手法が採られてきた。昔はビデオや動画がなかったために、先人の記載した書物からその症状を類推し、どの高次脳機能障害に当たるかについては、その状態に合致すると考えられる場合に診断名がつけられていた。そのため、誤った診断も決して少なくはなかったであろう。 近年では高次脳機能障害の症状を多く観察してきた専門家に相談し、動画を見てもらうことで診断は比較的容易となっている。また、評価法も多数考案されたため、個々の機能を検査することで診断や程度が判定できる。例えば、失語症は標準失語症検査(Standard Language Test of Aphasia:SLTA)によって感覚性失語、運動性失語、超皮質性感覚性失語、超皮質性運動性失語、伝導失語、健忘失語(単純失語)、全失語、混合性失語などに分類でき、点数で評価できるといった具合である。 失認症や失行症、失読、失書についても、どのタイプの障害であるかを区分することは、それほど困難なことではない。そして、これらは徴候の存在そのものは一見して明らかであり、

元のページ  ../index.html#11

このブックを見る