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iii序にかえて 私事であるが認知症患者さんの嚥下障害に向き合って20年近くが過ぎた.長いようで短い年月であるが,その間,自分なりに真摯に取り組んできたつもりである.しかし,はじめのうちは「患者さんを何とかしたい!」という熱さだけで,目の前の誤嚥や肺炎への対応に追われていたように思う.それはそれで,それなりに成果を上げられたが,予期せぬ誤嚥性肺炎が起きたり,提案したケア方法がまったく奏効しなかったり,行き当たりばったりで継ぎはぎばかりの臨床であった. そんなもがき苦しむ日々のなか,あるとき自分が患者さんを「認知症」とひとくくりにしてしまっているということに気づいたのである.振り返ってみるとアルツハイマー型認知症はアルツハイマー型の嚥下の特徴があり,レビー小体型認知症はレビー小体型の特徴を有しており,その他認知症も原因となる疾患によって特徴が異なっていた.その病態に基づいた嚥下診療を意識したところ,急に視界が晴れ,患者さんの予後を広く遠くまで見渡せる感覚になったことを鮮明に覚えている.それ以来,私の臨床は大きく変わった.本書は,そのような経験をもとに,臨床で得た印象と国内外の論文を参考にしつつ,教室員や臨床仲間とディスカッションしながら,病態別の嚥下の特徴や予後を体系立てて「見える化」したものである.私と一緒に切磋琢磨してきた仲間との「集合知」が,この本には詰め込まれている. 「病態別対応」はいわば平均値であり,その疾患の特徴や今後どのような経過をたどるかを広く見渡すためのマクロの視点を与えてくれる.しかし,臨床はマクロの目だけでは立ち行かない.「個別対応」という個々の患者さんの性格や習慣を深く読み取るためのミクロの視点も必要となる.臨床では,このマクロとミクロの両方の視点が重要であり,その両方を自由に行き来することが最適なケアにつながる.この本は,ミクロの視点を補いつつ,マクロな視点からの食支援について書いた画期的な(自画自賛)ものである. 正直なところ本書を完成させるのは大変な負荷であり,途中何度か心が折れかけた.でも,なんとか完成までこぎつけられたのは,「食支援格差を無くしたい」という思いである.私の外来には遠方から多くの患者さんが来られるが,ここまで来なくていいように,全国に「認知症患者さんの食支援」が広まってほしいという祈りに近い願いである.本書は全国に散らばる種となるであろう.この本を手にした皆さんが種に水をやり,全国で食支援の花を咲かせてほしい.人生の最終章を迎えた認知症患者さんの生活を彩れるのは「食」である.2018年6月 野原幹司 

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