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痛みとは1.痛みの定義 痛みは不快な心理状態であるが、痛みを感じることのない無痛症や無痛無汗症(congenital insensitivity to pain with anhidrosis;CIPA、遺伝性感覚自律神経ニューロパチーIV型;HSAN-IV)の患者では受傷に気付かないために、骨折を繰り返して関節は破壊され、内臓の疾患も重症化する。このような症例から私たちは痛みを感じることのありがたさを知ることができる。痛みは生体警告系として重要な役割を演じるものであり、体温、呼吸、脈拍、血圧と並んで、第5のバイタルサインに加えられた。しかし痛みは主観であるので、痛みの感じ方は人によって異なり、同じ人でも時によって感じ方が異なる。痛みの感じ方が異常な病態もあるが、人は生涯の早い時期の損傷に関連した経験を通じて、そのような状況での心理状態をどのように表現するかを学習していくのである。 国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain;IASP)が1979年に定義した痛みは「実質的または潜在的な組織損傷に結び付く、あるいはこのような損傷を表わす言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験」とされている1、2)。さらにこの定義には注釈が付けられていて、注釈の最初の2つのパラグラフに「言葉でのコミュニケーションができなくても、個人が痛みを経験している可能性があり、適切な疼痛緩和治療が必要とされる可能性があり得る。痛みはいつも主観的である。各個人は生涯の早い時期の損傷に関連した経験を通じて、この言葉をどんなふうに使うかを学習している」と書かれている。IASPの定義では痛みの役割は示されてはいないが、言葉で表現できない新生児/乳児や動物にも適応されるものである。脳が完成していない新生児/小児期の痛みは成人とは異なると予想されるが、新生児/小児期の強い組織損傷の体験が痛みの感じ方や表現法の違いを生み出すことに大きく関わる可能性があるのだろう。私たちが感じる痛みは、身体の異状を正確に表現するものであるとは限らないのである2)。2.侵害受容と痛み 生体を脅かす侵害刺激が加わったときに必ず「侵害受容」が引き起こされるが、「痛み」は引き起こされるとは限らない。「侵害受容」という概念を提唱したのは1932年にノーベル生理学・医学賞を受賞したサー・チャールズ・シェリントンである。シェリントンは「シナプス」という用語を作ったことでも有名であり、動物を対象とした種々の脊髄反射の研究を行った。ピンを踏んだときには、痛いと感じるよりも前に、足を屈曲させてピンから遠ざからせる屈曲反射の実験も行った。筋が引き伸ばされたときに生じる伸張反射が単シナプス反射であるのに対して、屈曲反射は2シナプス反射である。求心性神経である侵害受容線維は脊髄の興奮性介在ニューロンを介して屈筋を支配するα運動ニューロンに興奮性シナプス後電位(EPSP)を引き起こすと同時に、抑制性介在ニューロンを介して伸筋を8

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