5 分娩は正常な経過をたどっても、どれ一つ同じではありません。同じ妊婦でも出産の都度経過は異なります。そのため分娩機転に習熟するには座学での学習だけでは不十分で、どうしても臨床経験が必要です。ベテランの助産師は各自の臨床経験で積んできたコツや勘を習得しており、これは簡単に真似のできるものではありません。ただし、合併症もない妊婦の正常な分娩経過が一定の割合で急変するのが分娩です。たとえ経験豊富な産婦人科医やベテラン助産師であれ妊産婦に起こりうる急変をすべて経験し、対応に習熟しているわけではないのです。臨床経験が長いほど自分の経験のみで対応し、思わぬ失敗をすることがあります。それを補うために日本母体救命システム普及協議会(J-CIMELS)ではさまざまな母体急変をシミュレーションで学ぶコースを開催しています。 著者の望月先生はJ-CIMELS創設の初期から実技コースのインストラクターとして活動され、その指導経験から助産師が母体急変の対応時に陥りやすい欠点をよくご存知です。その欠点の一つは子宮や胎児の異常所見には敏感に反応するものの、生殖器以外の臓器が原因の異常所見には対応が後手に回ることです。例えば妊産婦が痙攣を発症した場合、我々はまずは子癇発作を想定しますが、脳圧亢進やてんかん、低血糖発作などはなかなか想定できません。 この「産科エマージェンシー臨床推論」は日々の臨床で頻度の高い主訴別に、緊急に対応すべき疾患を鑑別するための思考訓練の場を提供しています。この思考訓練は病棟内の母体急変時の対応のみならず、夜間の患者からの緊急連絡の対応にも大いに役立ちます。狭い知識の範囲での思い込みに陥らず、本書に挙げた疾患から緊急度の高いものを選択する能力が身に付くことでしょう。 離島や僻地では患者からの主訴の内容から緊急度の高い疾患を早急に想定し対応しないと救命率が下がります。望月先生はそのような現場に自ら働き場を求め、活動されています。その経験から得られた貴重な救命のエッセンスがこの本の中に凝集されています。J-CIMELSの実技コース受講後に読むとこの本の内容がさらに深く理解できるのでぜひ読んでいただきたく思っています。 2020年3月医療法人社団ハシイ産婦人科 院長/日本母体救命システム普及協議会 理事 橋井康二監修の言葉
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