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6 救急後期研修医時代のある日、「34歳、糖尿病既往のある40週妊婦がトイレで倒れている」と産科病棟より院内急変コール。まずは低血糖を除外しようと考えながら駆けつけた。接触時、大柄の妊婦が仰臥位でトイレ近くの床に倒れている。一目でただ事ではないと感じた。頸動脈は触知せず、心肺停止! 胸骨圧迫を開始した。病院実習中の救急救命士が同行してくれたので、胸骨圧迫は良質で心強かった。バッグバルブマスクで換気を開始し、AEDを装着するも除細動の適応はなく、末梢ラインを確保してアドレナリンを投与。低血糖はない。産科医師は上級医と緊迫した電話をし、手術室入室の決定までの時間がとてももどかしく感じた。胸骨圧迫を継続し、土足で手術室へなだれ込む。そして心拍再開! 緊急帝王切開術前のイソジンⓇをかけたところで再度心肺停止。胸骨圧迫を再開した。数分もかからず児は娩出、産科処置を継続されながら母体の自己心拍は再開した。しかし残念ながら、母子共に低酸素性脳症で意識回復には至らなかった。その日の救急部のカンファレンスにて、「妊婦の胸骨圧迫時は体を左側に傾けたのか?」という質問があった(正しくは子宮の左方圧排を行うべきであった)。あの時、もっとできたことはあったのではないか? 同様の場面に出会ったら、どうすべきなのか? この症例で初めて、母子同時に命の危機に直面する母体急変の特殊性について実感しました。のちに、シミュレーション教育のスペシャリストであり、恩師の山畑佳篤先生に母体急変コース(現在の日本母体救命システム普及協議会〈J-CIMELS〉公認J-MELSベーシックコースの前身のコース)へ誘われ、現在に至っています。各地でこのコースを開催し、産科の先生方と交流するうちに気が付いたことがありました。シナリオ中の同じ場面で、救急医の対応と産婦人科医の対応とが違うのです。例えば、高血圧が進行する妊婦に痙攣が起こるというシナリオでは、救急医はまず低酸素を防ぐために痙攣を止め、直ちに積極的な降圧を開始し、分単位で適正血圧を達成しようとします。一方で産婦人科医は、日常診療で痙攣は子癇発作であることが多いので、子癇発作に対する治療を行うというものです。急変時の行動の違いは、もともと想定する鑑別の違いから来ているようでした。そこで、産婦人科医の頭の中と救急医の頭の中を比較し、母体急変に特化した主訴別の鑑別疾患リストと、急変時の観察項目(レッドフラッグ)をまとめた「産科急変の二次元鑑別リ序文

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