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いったことが挙げられるだろう.戦争は,直接戦う兵士のみならず,子どもや高齢者を含む一般市民の健康水準をも極度に低下させてしまうのである.第二に,医学・医療の発達によって,治らなかった病気が治るようになり,それまでなら助からなかった人が助かるようになったことが挙げられる. しかし,よく考えてみると,いくら病気を治しても,病気の発生自体が減るわけではない.戦前から戦後間もない時期においては,コレラやチフス,ジフテリアといった感染症が猛威を振るった.これらの感染症の発生は,当時に比べて現在ではわずかである.どうして,これらの感染症が激減したのだろうか. 現在のように,国民の健康水準を向上させた大きな力が,予防接種や環境整備,生活習慣の改善などによって病気の発生や進行を予防する「公衆衛生」活動である.この章では,国や自治体,地域などの組織的な取り組みによって,人びとの健康を維持・増進させ,望ましい社会を築いていこうとしてきた公衆衛生の歴史や考え方を学ぶ. アメリカのウィンスロー(Winslow, C.E.)は,1920年に公衆衛生を,「共同社会の組織的な努力を通じて,疾病を予防し,寿命を延長し,身体的・精神的健康と能率の増進を図る科学であり,技術である」と定義した2).現在,これが公衆衛生の代表的な定義として用いられている. ここでいう予防とは,将来予想される病気や障害など健康上の損失をなくしたり,減らしたりすることを目的としたさまざまな行動を指す.したがって,単に新しい病気の発生を防ぐことだけではなく,病気の早期発見・早期治療に努めることも,病気の進展による健康上の損失を軽減させるという意味で,予防と考えることができる.同様に,病状が固定した後に,病気による機能障害を防止したり,社会復帰のためにリハビリテーションを行ったりすることも予防といえる.リーベル(Leavell, H.R.)とクラーク(Clark, E.G.)は,病気になる前の予防(健康づくり,環境整備,予防接種など)を一次予防,病初期の早期発見・早期治療を二次予防,その後から回復期にかけての障害防止やリハビリテーションを三次予防と名付けた3).この考え方は現在でも広く用いられている. 公衆衛生活動とは,健康づくりやリハビリテーションをも含む広い意味での予防活動を,国や地方自治体などの行政や市民組織などの集団的努力をもって行うものを指す.それには,法律の整備やその運用なども含まれる. 理解を促すために,公衆衛生と臨床診療を比べてみよう. 表1-1を見ると,臨床診療と公衆衛生は,人間の健康に関わるという点では同じであるが,基本的な考え方にはさまざまな違いがあることがわかる.公衆衛生は,人び 2公衆衛生とは何か 1公衆衛生の定義 2臨床診療との違いは何か151公衆衛生の歴史
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