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してくれる人がいない子どもなど,「鰥かん寡か孤こ独どく」(61歳以上で妻のない者,50歳以上で夫のない者,16歳以下で父を亡くした者,老いて子のない者.対象となる年齢は時代によって異なっている)の人々はいた.また,自然災害等で田畑を失い,生活が困窮に陥った人もいた.あるいは,生まれながらにして身体的,精神的に障害を有しており,働く能力をもてない人々もいた.このような生活困窮者が増大してくると,社会全体が不安定になることもあり,社会的に放置しておくこともできない.そこで,社会の安あん寧ねい秩序を保つ上からも,これらの課題への対応が求められてくる.それは,封建時代にあっては為政者の慈善として行われる場合もあるし,宗教家の活動として,あるいは資産家による慈善活動として行われることもあった. しかしながら,それらの活動を個人の恣し意い的な活動として行うのではなく,社会のセーフティネット,あるいは「治安維持上の対策」として生活困窮者を救済する「社会の制度」として行うべきであるという考え方が登場した.その考え方は,産業革命以降の近代社会の進展に伴い,社会体制を維持していくために必要な政策としてより意識され,発展してきた.歴史的には,救貧制度としての公的扶助(生活保護制度)がその代表的制度であり,現在も社会保障制度の一翼を担っている.(3)ネットワーキング型ヨコ社会と福祉コミュニティーの創造 第三の視点は,地域における支え合いのシステムとしての社会保障・社会福祉である.近代社会の発展,工業化の進展に伴い,社会保障・社会福祉は生活上なんらかの問題を抱えている人に対して,その個人と社会保障・社会福祉の制度・サービスとを,いわば「点と点」を結ぶ形で援助しようとするシステムを整備・発展させてきた.入所型社会福祉施設はその代表といえるかもしれないが,全国各地に「コロニー」と呼ばれる大型入所施設を建設し,同じような障害を有していて,生活上問題を抱えている人々をそれらの施設に集約的に入所させて,生活を援助してきた. しかしながら,それは必ずしもよいことではないのではないかという反省が起こり,障害を有し,生活上のしづらさや問題を抱えている人も,できるだけ地域で,一般住民と同じような生活リズムをもてるようにしようというノーマライゼーション(➡p.28,137参照)という考え方が出てきた. そのような背景もあって,2000(平成12)年には,戦後社会福祉行政の基本を規定していた社会福祉事業法が改正・改称され,社会福祉法が公布・施行された.そこでは,福祉サービスを必要としている人々の地域での自立生活を支えることが目的と明記され(➡p.20 表1―2,社会福祉法第3条および第4条参照),そのような人々を地域や社会から排除しないで,共に生きていこうという共生社会を創造するソーシャルインクルージョン(社会的包摂)という考え方が標ひょう榜ぼうされた.そのためには,地域住民が有している社会福祉のイメージや,日本の社会がつくり上げてきた人間観を変えていくことが必要となる. 日本の20世紀は,富国強兵政策や高度経済成長政策に伴う「強さ」と「速さ」をよしとする人間観,「タテ社会」と呼ばれる社会システムであった.しかも,稲作農業社会の中で,日本の社会は「長いものには巻かれろ」「寄らば大樹の陰」「出る杭くいは打たれる」という処世観に基づく社会観,生活観,人間観をつくり上げた.それは住民の16

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