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(2)事例研究とは 事例研究という手法は研究の方法の一つで,事例そのものを直接観察し,分析するところに特徴があります.直接観察する手法ですから,基となる資料は具体的で詳細なものになります.多人数の資料(データ)を集める場合は,粗いデータしか得られません.具体的で詳細なデータを得るには,一人の研究者では限られた期間内に収集できる量に限界があるからです.そこで,事例研究のもう一つの特徴は,少数のデータを分析するということになります.いわゆるEBM(evidence-based medicine)の考え方では統計的な手法を用いての解析結果を重要視しているので,事例研究を根拠として有効な研究とするのは困難だという考えも生じます.しかし,治験などで用いられている事例集積法をよく検討してみますと,いくつかの組織で研究計画を共有し,詳細な事例研究を行い,その結果を集めて量的な研究対象にしていると考えられます.このような方法によって,現在のEBMの根拠基準に合わせていくという可能性もあります. 「事例」という用語によって示される内容には,「一人」や「一つの集団」(例えば一つの病院,病棟,学校,企業など),「一つの地域社会」(例えば○○団地,○○県など)など,「一つの」という部分に焦点を当てて考える場合もありますが,一般的には20人以下くらいの少数の詳細な事例(私は事例の内容を区別するために「一つの」の場合を個別例と呼んでいます)のデータをていねいに分析する研究を指しています. たった一つの個別例のデータによって研究が成り立つ場合もあります.例えば,心臓移植が可能であることを証明する研究では,初めの移植者はたった一人です.また,キメラ(2個以上の胚に由来する細胞集団から形成された個体.ニワトリとウズラのキメラなどがある)の動物が生まれる可能性を証明する研究も,初めは一頭でした. 私の経験ですが,医師を含む在宅診療チームで,ALS(筋萎縮性側そく索さく硬化症)の方が在宅で人工呼吸器を装着し,療養されるのを支援したことがあります.1975(昭和50)年のことで,このような事例は初めてであり,周囲からは,ALSの方に生命延長装置による治療をしてよいのか,在宅で人工呼吸器を装着したり療養させたりしてよいのか,また,訪問看護はまだ制度としての位置付けがないときで,ましてやそのような方への訪問看護は医行為になるので医師法違反だというような指摘を受け,無言電話を受けるほどでした.しかし,第三者の立場で,当時の社会保障制度審議会長や医学者などにご本人を訪問してもらい,さまざまな立場からの意見を集め,討論した内容を,チームの研究成果として一冊の本にまとめました.現在では,この研究は,ALSの方々が在宅で人工呼吸器を装着して療養し,活発に社会参加を始めるきっかけになったと評価していただいています.これは,事例数が一つの研究でした. さらに,複数の個別例のデータを集めて共通点や相違点を整理し,研究の目的に沿った検討を行って,結論の一般性を強めていきます.これも私の経験ですが,在宅で人工呼吸器を装着して療養する神経系難病の方が15人になった時点で,前述した事例研究結果をもとに,他の実践者や研究者の協力を得てこれらの方々のデータを集め,問題を整理・検討して「神経シンポ」という医学系学術誌に発表しました.EBM根拠に基づく医療.Sackett, D.L.らによると,EBMは,個々の患者の臨床判断の場において,現時点で最良の根拠を,良心的・明示的そして妥当性をもった用い方をすることである.治 験薬を開発する最終段階で,健康な人や患者の協力を得て,人に対する効果と安全性を調べること.人における試験は一般に臨床試験というが,薬の開発において国の承認を得るためのものを治験という.111研究と実践活動

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