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さらに1992年には毎年12月3日を国際障害者デーとする宣言を採択した.1993年には,その後10年間を「アジア太平洋障害者の10年」と定めて行動課題を決定し,各国がさまざまな課題解決に向けて活動を行った.そして2001年,国際障害分類(ICIDH) の改訂版であるICF(International Classification of Functioning,Disability and Health)が採択された.このようにリハビリテーションの考えは世界的規模で展開されている. 日本国内においても,古くから障害者に対してリハビリテーションに類することが行われていたことは,多くの文献から読み取ることができる.明治期から第二次世界大戦までは,近代工業や鉄道の普及による事故や戦争のために,多くの人が負傷したり病気になったりして障害を負い,外観の変化によって差別され,不自由な生活を強いられていた.戦争による障害の場合は「お国のために戦った」ということで,不十分ではあるが義足や義手の供給があり,再就職のために職業訓練を受けることができた人もいた.しかし,先天性の奇形や外観からわかる変形や障害は好奇の目にさらされたり,家族によって社会から隠されたり,また見世物にされたりもした時代であった. やがて,第二次世界大戦後にアメリカから近代的なリハビリテーションの概念が導入され,国内におけるリハビリテーションとリハビリテーション看護は変遷を遂げる.戦後のさまざまな価値観の変化とともに,1948年に発表された世界人権宣言が大きな契機となり,マイノリティである少数民族や障害者に対する社会の意識は肯定的に変化していく.1975年には国連により障害者の権利宣言が採択され,障害者自らも自分たちの権利を主張するようになっていった. 1998年には,日本で長野冬季オリンピック・パラリンピックが開催され,人々の障害者スポーツへの関心が高まった.これを契機に,駅や公共施設にエレベーターや点字ブロックが設置されるなどバリアフリー化が進んだ.障害者に対する社会の認識は社会的弱者というよりも,障害を個性ととらえて尊重する方向に変わってきている. 障害者自身も自らの障害を隠さず表明するようになってきた.義手足や補助具などは,機能の向上に加えてデザイン性にも優れたものが開発され,障害者の生活はかなり改善されてきている.→ICFについては2章1節参照. 3国内におけるリハビリテーション→リハビリテーションの歴史については巻末資料参照.151リハビリテーションとは

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