308010142
13/16
(2)患者主体の医療と医療安全 医療の進歩は,確かに人々に多くの恩恵をもたらしてきた.ひと昔前までは不治の病といわれた疾患が,医療の進歩によって不治ではなくなったものも数多くある.それでも高血圧症・狭心症などの循環機能障害,糖尿病・痛風などの栄養代謝機能障害,脳梗塞・脳出血などの脳・神経機能障害をはじめとする慢性的な健康障害を抱えながら生活する人々が増えていることも,また,事実である. このような疾病構造の変化を受けて,患者の健康障害を人体の構造と機能の変化である疾患(disease)という医療者の立場からとらえるのではなく,病気(illness)としてとらえる考え方に変化してきている.ここでいう病気とは,症状や苦しみに伴う人間の体験を指し,個人と家族が疾患をどのように感じているのか,それと共にどのように生きようとしているのか,そしてどのように受け止めているのかなどと関わるものと定義されている(ピエール・ウグ〈Pierre W.〉,1995). 健康障害のとらえ方が医療者主体から患者主体へと変化していることに加え,「患者の権利に関する世界医師会(WMA)リスボン宣言」(1981年)が採択されて以降,患者の権利意識が高まっている.これらの背景から,医療者が治療方針を決定し,患者がそれに従うというパターナリズムにのっとった従来の医療から,患者に病状や治療の選択肢と,それらのメリット・デメリットを十分に説明した上で,患者の意思決定を助けるインフォームドコンセント,あるいはインフォームドディシジョン重視へと医療現場は大きく変化してきた.医師にすべてを委ねるのではなく,複数の医師の意見を聞くためにセカンドオピニオンを利用し,患者自身が治療法の選択に主体的に取り組むケースも珍しくなくなっている. 同時に,医療安全においても患者と医療者が共に取り組むことによって,より安全で質の高い医療が確保されるという考え方に変化してきている.医療安全対策検討会議(厚生労働省)による報告「医療安全推進総合対策~医療事故を未然に防止するために~」(2002)では,患者に期待される役割として「患者は,医療を受ける主体であり(中略)医療に主体的に参加していくことが求められている.患者もまた医療安全の確保に貢献することが期待される」と述べられている.(3)医療情報と医療安全 前述した「手術患者取り違え」などの事故はセンセーショナルに報道され,国民の医療に対する信頼を損ねるきっかけとなった.マスメディアは,まるでこれらの事故後に医療事故が多発したかのように報じたが,実際は医療の現場では似たような事故は以前から発生していた.それまでは医療事故が発生しても,医療機関内で処理され,一般の人たちの知るところとはならなかったが,社会全体が情報公開を求める時代になった影響が医療の現場にも及んだと考えられる. 2001(平成13)年に情報公開制度が施行され,2005(平成17)年に個人情報保護法が完全施行されて以降は,患者や患者の委託を受けた家族などがカルテの開示や診療報酬明細書(レセプト)の開示を請求することができるようになった.医療事故に関する情報は一般の人々の求めに応じて開示される時代となり,医療事故情報は医療機関が管理はするが,当事者がいつでも見ることのできるものとなった.リスボン宣言第34回世界医師会総会(1981年,リスボンで開催)で採択された,患者の権利に関する世界宣言.良質の医療を受ける権利など序文と11の原則からなる.パターナリズムpaternalism.患者の最善の利益の決定権利と責任は医師側にあり,医師が専門的判断を行うべきで,患者はすべて医師に委ねればよいという考え方3).インフォームドコンセントinformed consent.医師が病状,予想される予後,診断方法,治療方針,成功率,副作用や合併症などを患者に十分に説明し,患者がそれらを理解した上で自らが決定を下すこと.インフォームド ディシジョンinformed decision.治療やケアの方法として考えられるすべての選択肢について,その効果とリスクの情報をすべて得た上で,患者が主体的に意思決定して選択すること.インフォームドチョイスともいう.セカンドオピニオンsecond opinion.患者が現在かかっている医療機関の医療行為や診断に疑問を感じ,別の医療機関を受診し求めた意見,およびその行為をいう.131医療安全と看護の理念
元のページ
../index.html#13