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(1)医療安全の考え方の変化 1999(平成11)年1月に横浜市立大学医学部附属病院で起きた手術患者取り違え事故と,同年2月に起きた東京都立広尾病院の消毒薬誤点滴事故以降,医療事故は社会問題としてマスメディアで大きく取り上げられるようになった.これらの事故以前は,事故は注意力が足りない一部の医療従事者が起こすものだと考えられており,個人の責任が追及されていた.しかし,いくら個人の責任を追及しても医療事故が減ることはなく,発想の転換が求められるようになった. アメリカでは,“To Err is Human”が発表されて以来,国を挙げて医療事故の防止と安全管理に取り組んでいる.日本でも2001(平成13)年に,厚生労働省に医療安全推進室が設けられ,さまざまな対応策が立てられるようになった.人は誰でも間違える(ヒューマンエラー)という考え方を基本にして,個人が安全に仕事をするためのしくみづくりを組織的に行おうというのが,今日の医療安全の考え方となっている.(2)患者主体の医療と医療安全●医療の進歩と疾患の考え方の変化● 医療の進歩は,人々に多くの恩恵をもたらしてきた.以前は不治の病といわれていたが,医療の進歩で治癒を見込めるようになった疾患は数多くある.一方,高血圧症や狭心症などの循環機能障害,糖尿病や痛風などの栄養代謝機能障害,脳梗塞や脳出血などの脳・神経機能障害をはじめ,慢性的な健康障害を抱えながら生活する人々が増えてきていることも,また事実である. このような疾病構造の変化を受けて,患者の健康障害を人体の構造と機能の変化,すなわち疾患(disease)という医療者の立場からとらえるのではなく,病気(illness)として患者の立場からとらえる考え方に変化してきている.ここでいう病気とは,ピエール・ウグ(Pierre, W.)により,症状や苦しみに伴う人間の体験を指し,個人と家族が疾患をどのように感じているのか,それと共にどのように生きようとしているのか,どのように受け止めているのかなどに関わると定義されている.●医療者主体の医療から患者主体の医療へ● 健康障害のとらえ方が医療者主体から患者主体へと変化していることに加え,1981年に,患者の権利に関する世界医師会(WMA)リスボン宣言が採択されて以降,患者の権利意識が高まっている.これらを背景に,患者に施される医療の利益の決定権と責任は医師側にあり,患者はすべて医師に委ねればよいというパターナリズム(paternalism)に則った医療の考え方から,患者に病状と治療の選択肢と,それらのメリット・デメリットを十分に説明した上で,患者の意思決定を助けるインフォームドコンセント(informed consent)あるいはインフォームドディシジョン(informed decision)重視へと医療現場は大きく変化してきた.もし主治医の方針に疑問があれば,別の医療機関を受診して複数の医師から意見を聞くセカンドオピニオン(second opinion)を利用し,患者自身が主体的に治療法の選択に取り組むケースも珍しくなくなっている. 2医療安全に関わる動向手術患者取り違え事故1999年1月11日,横浜市立大学医学部附属病院の手術室において,患者であるA氏とB氏を取り違え,本来行うべき手術とは異なる手術(A氏:心臓手術→肺手術,B氏:肺手術→心臓手術)を行った.事故原因は,2人の患者を1人の病棟看護師が同時に手術室に移送したことによると報告されている.しかし,手術室前での本人確認の不十分さや,B氏の背中にA氏のフランドルテープが貼られていたにもかかわらず,麻酔医が確認しなかったなど,いくつものエラーが同時に生じていたとされる.この事故は,医師の教育・養成機関である大学病院で起きた事故として,患者・市民,医学・医療界に大きな衝撃を与えた.消毒薬誤点滴事故1999年2月8日,Cさんは左中指の関節リウマチ治療のため都立広尾病院に入院し,同月10日に手術を受けた.翌11日の抗生剤点滴終了後,準備されていた注射器から内容物を注入された数分後,容体が急変し死亡した.ヘパリン生食の入った注射器と,別の患者の創部処置用に準備された消毒液(20%ヒビテングルコネート原液)の入った注射器を取り違え,Cさんに誤って注入したことが事故の原因であると報告された.リスボン宣言患者の権利に関する世界宣言.良質の医療を受ける権利など序文と11の原則からなる.131医療安全と看護の理念

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