308010153
15/16

 「倫理」という用語は,“ethics”の訳語である.倫理とは,行いや態度が「良いか,悪いか」,「正しいか,間違っているか」についての価値判断に関わることである.何が正しい行動か,何が間違った行動かは,個人的な価値や信念に左右される. われわれは,自分自身の価値体系に影響されている.つまり,われわれの考え方や行動,価値判断は,これまで生きてきた人生経験に大いに左右されていると言ってよい.それらは家庭教育などの教育や文化,宗教などの体験から,長い期間に形成されてきたものである.したがって,価値は個人の日常生活における行動に現れやすく,容易に見いだすことができる.しかし,日常生活における会話や身振りなどから表現されていることを,自分自身はあまり意識していないことが多い.そのため,自分の行動に対する他者からの反応を確認することで,間接的に気付く場合がある.また,個人的な価値や信念が個人的な好き嫌い,偏見,無知から生じている場合には,その価値判断は周囲から信頼されない. 価値は人によって異なるため,価値の対立が起きやすい.そのため,われわれは自分自身の価値や他者の価値について理解しておく必要がある.そして,価値が対立する場合には,看護職者は他者の価値を尊重し,価値のバランスをとることが大切となる.その上で,どのような価値が重要であり,正当であるかを判断し,実践しなければならない.このようにさまざまな価値観をもち,利害の対立もある人々が安定した生活を継続していくためには,倫理原則など社会の秩序を守ることが大切である. 看護実践にとって重要な倫理原則は,善行と無危害,正義,自律,誠実,忠誠である1).(1)善行と無危害 善行とは,良いことを行う義務であり,無危害とは害を回避する義務である1).災害時には,重要な他者を失うことや家屋の損壊などで大きな喪失感を味わう.したがって,被災者の人間としての尊厳を積極的に擁護し,不利益が生じないよう支援する必要がある.また,被災者に身体的あるいは心理的な外傷をもたらすリスクを防いだり,リスクが減少するように支援しなければならない. 支援者は,被災者に利益をもたらすことを意識する前に,被災者の害になるような言動をまず慎むべきである.例えば,ある災害現場で医療者の言葉に傷ついた被災者がいた.医療者は「家があるだけいいじゃない.プラスに考えましょう,プラスに」と言って,その場を立ち去ったという.そのとき被災者は,「誰かとの比較ではなく,『つらい気持ちを受け止めてほしかった』と感じた」と語っていた.また,悲惨な被災現場で腐敗臭が漂う中,あるボランティアが「くさい」と言いながら笑って援助している姿を目にして,怒りを覚えた被災者もいた.このように支援者の何気ないひと言や行動が,被災者の心に突き刺さることもあり得るのである. 2災害と倫理 1倫理と価値 2災害看護における倫理原則善 行beneficence.「良い行い」のこと.看護においては,患者に対して善をなすことであり,患者のために最善を尽くすことを意味する.無危害avoiding harm.「危険がない,損害がない」こと.看護においては,危害を引き起こすことを避け,人に対して害悪や危害を及ぼしてはならないという責務を指す.171災害看護とは

元のページ  ../index.html#15

このブックを見る