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(2)個人の危機 個人の危機に焦点を当てたものに,精神医学・心理学の分野で発展した危機理論がある.この理論によれば,危機には発達的危機(maturational or developmental crises)と,状況的危機(situational crises)がある. 発達的危機は,エリクソン(Erikson, E.H.)のアイデンティティ形成を柱にした発達理論に基づいたもので,人が成長・発達に伴って必ず経験していく危機をいう.一般に,受験,就職,結婚,妊娠,出産,定年退職などのライフイベントがこれに当たる.例えば,結婚は,互いの異なる生活習慣を変容させつつ,夫婦という単位のなかで自己を確立していく経験を伴う.このことが,それぞれのアイデンティティ形成がうまくいくか,あるいは,破は綻たんして精神・心理的な著しい不安定に陥るかという分岐点になるという考え方である.これは,結婚しないとしても,結婚に象徴される親密性などの発達課題を人生のなかでどう経験していくかによって,アイデンティティ危機に陥ることを意味している. これに対して,状況的危機は,偶発的に,また多くの場合,予測できないものとして経験する危機をいう.一般に引っ越し,事故,病気,倒産,離婚,自然災害,戦争などの出来事がこれに当たる.例えば,突然の交通事故は,自他共に外傷はなかったとしても,金銭的なトラブルが発生し,通常の生活の維持に影響を与え,これまでの方法では対処しきれない経験を伴う.これが,アイデンティティの形成にとって危機になることを意味している. 危機は,必ずしもマイナスの側面だけをもっているのではなく,アイデンティティを確立していく契機となる,言い換えれば,自分探しの旅の途中の豊かな経験となりうる.しかし,危機の経験によって,精神・心理的な破は綻たんを来し,メンタルクリニックや心理カウンセリングを必要とする場合もある.危機理論は,このような臨床領域で発展し,複数のモデルが開発されている. 成人期は,発達的危機のみならず,状況的危機に遭遇しやすい.転勤の多い人は,数年単位で居住地を変え,そのたびに家庭生活の再構築を迫られるし,運送業など移動の多い人は,常に交通事故の危険にさらされている.最も典型的な状況的危機が,疾病や事故等によるものである.この危機は,心理的危機としてみるだけではすまさ→ナーシング・グラフィカ 『成人看護学概論』16章参照.分岐となる移行期経営危機経済危機生命危機心理的危機 などよくなる悪くなる図1.1-1●危機という概念16
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