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れず,時に生命の危機となり,身体的存在が脅かされる身体的危機でもある.そして,この身体的危機を理解するときに有効なのが,生物医学モデルを基盤にしている臨床医学である. あらゆる臨床医学は疾病の診断と治療に関与し,多数の疾病が,増悪,進行すると生命の危機につながっていくことを示している.しかし,とりわけ集中治療医学は intensive and critical care medicine,救命救急医学は emergency and critical care medicineと英語表記されるように,まさに,クリティカルな状況,危機的な状況へのアプローチとしての知識と技術が集約されている.これらの医学は,成人を身体機能の成熟した生物としての個体ととらえ,その個体が生命の危機にさらされる状況を理解し,危機を回避する知といえる. 成人にとって精神・心理的な危機は,必ずしも専門家の支援を必要とする状況とはいえず,たいていは,日常の周囲のサポートを得ることも含めて,セルフケアによって乗り越えていける.しかし生命の危機は,たとえ自分自身が医師や看護師で,クリティカルケアに関する知識と技術を身に付けていたとしても,その人自身が危機にあるときは,他者に依存せざるを得ない.つまり生命の危機状況は,成人であっても,個人のセルフケアだけでは回避できないのである.したがって,成人の危機を支える上で,生物医学モデルに基づくことの重要性は,強調してもしすぎることはない.(3)集団の危機と成人の危機状況 家族は人間にとって最小単位の社会といわれ,最も身近な集団である.この家族の中の誰かが危機に陥れば,家族員すべてに心理的動揺が生じるし,家庭生活のリズムが崩れる.とりわけ,家庭や職場での社会的役割が大きい成人が危機に陥った場合,周囲への影響も大きくなる.例えば,家庭の主たる生計を支える成人が会社の倒産という社会的危機に陥った場合,家族員全員の生活にその影響が及ぶ.また,外傷や疾病による身体的危機や,仕事上のトラブルに起因する心理的危機に陥った場合でも,家族の生活に影響を与えていく.それは,家族機能の破綻という家族危機に陥るリスクを抱えもつ.このような家族を単位とした危機については,家族社会学,家族看護学などで論じられている. また,地域社会の危機も,成人の危機と密接に結びついている.例えば,自然災害によって,居住地域の水道,電気,ガスなどの供給や交通網等が危機状況になると,日常生活の維持が困難になり,放置されれば,脱水,低栄養,不衛生などから感染症をはじめとする疾病が発生し,住民一人ひとりが身体的な危機に陥る恐れがある.さらに,こうした突然の生活の崩壊がもたらす心理的ダメージは大きく,先の見通しのつかないストレス状態が放置されれば,心理的危機に陥る.また,通勤,通学路の遮断などで,社会生活の中断が長期にわたれば,学業の停滞,職場での地位の失墜などにもつながり社会的危機に陥ることも考えられる.このとき,成人は,家族や地域社会の機能を維持し,保護する役割も担っているため,自分自身の危機に対処するだけでなく,地域社会の危機に対処することをも求められる. 職場の危機も成人の危機に密接に結びついている.例えば,工場火災などは,そこに働く人にとってだけでなく,周辺住民の生活を脅かす.このとき,ある成人は,工→ナーシング・グラフィカ 『成人看護学概論』2章参照.家族社会学「家族」という視点から社会のさまざまな問題を研究する学問.現代社会において大きく変化しつつある家族のあり方を踏まえ,その背景となる文化的,社会的要因や家族と個人の関わりについて学ぶ.171健康危機状況にある成人の理解 1…健康危機状況にある成人の理解

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