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(1)愛着理論登場の背景 人生のごく初期に, 欲求が適切に充足されなかったり不適切な世話(maltreatment)を受けたりすると,後に発達の遅れや精神障害を起こす子どもがいる.それはなぜなのかを考えた精神分析医のボウルビィ(Bowlby, J.)は,非行少年や戦争孤児などの研究から愛着理論を生み出した. この理論の背景には,スピッツ(Spitz, R.A.)のホスピタリズムによる乳児抑うつをはじめ,比較行動学でのさまざまな発見がある.例えば,灰色ガンのヒナは,孵ふ化かして初めて見た動くものを親と思い込んで,ずっと後を追う.これをローレンツ(Lorenz, K.Z.)は刷り込み(imprinting)と呼んだ.また,ハーロー(Harlow, H.F.)は,アカゲザルの赤ちゃんは,ミルクの出る針金の冷たい人形よりも,ミルクの出ないフワフワした肌触りの良い毛布の人形に長い間しがみついていることを発見した.それらからヒントを得て,ボウルビィは,人間は生きていく上で対人関係での「心の安全基地」を必要とし,それが養育者に対する愛着であり,乳幼児に本能としてもともと備わっていると唱えた(一次的動因説).(2)愛着とは ボウルビィによれば,愛着とは,子どもが自分以外の特定の人物との間に築く,永続的な接近と接触を求める本能的に備わった強い傾向のことである.愛着が人生のごく初期に形成されて内在化されることで,それは,他者への信頼と自己信頼といった,生涯にわたる対人関係での葛藤を調節する能力の基礎(安心の基盤)になる. しかし,自分の子どもに対して親が経験する感情は,甘い感情だけではなく,恨みや憎しみすら含まれた複合的な感情であり,何を思い何を考えているのだろうと乳児の瞳をのぞき込むとき,知らず知らずのうちに,その関係の中に自身の親や周囲の人との愛と憎しみ,安心と不安,拒否と罪などのコントロールできない葛藤が持ち込まれることがあると渡辺は指摘する13).養育者の情緒が安定していようといまいと,乳幼児は養育を受けずに脅威に満ちた世界で生き延びることはできない.したがって,ほとんどの乳幼児は,どんな養育者との間であっても愛着を形成して生き延びる. 1〜3歳の乳幼児の愛着のタイプを判定するには,見慣れない状況での乳幼児の反応をみるストレンジシチュエーション法(strange situation procedure:SSP)が用いられる.エインスワース(Ainsworth, M.D.S.)が開発した方法で,養育者との一時的分離から再会までの一連の手続きがあり,実施と判定には訓練が必要である.愛着のタイプは,(A)不安定/回避的愛着,(B)安全型愛着,(C)不安定/抵抗型愛着,(D)無秩序/混乱した関係の四つに分類できる.(D)以外はいずれも正常である.乳幼児の愛着のタイプの割合は,文化的背景によって異なることが知られている.(3)愛着理論批判とその後の展開 愛着理論に対して,子育てを女性だけの責任としているというフェミニズムからの批判,わざとらしい母親はかえって有害ではないかという精神分析学からの批判などがあった.さらに児童精神科医であるラター(Rutter, M.)は,ボウルビィによって 2愛着理論世代間伝達子どもが生まれてうれしいはずなのに,なぜか悲しいなど,理由のわからない不思議な体験が親に生じることがある.これは親が子どものころにその親から養育されたときの体験が,自分が親となって子育てをするなかで無意識によみがえるためである.このような現象を世代間伝達という.フライバーグ(Fraiberg, S.)らは,これを「赤ちゃん部屋のおばけ」と呼んだ13).触れること肌触りによる癒し効果については,モンタギュー(Montagu, A.)のタッチングが参考になる10).タッチングは心身の発達を触発・促進する効果をもたらすことが明らかにされてきている.また,親子の接触によって,さまざまな効果がもたらされることが明らかになってきている.大人の愛着大人の愛着の測定には,アダルト・アタッチメント・インタビュー(Adult Attachment Interview:AAI)が用いられる.この使用には訓練が必要である.人間は生理的早産馬や牛などの離巣性の動物は,生まれるとすぐに歩くことができる.しかし,人間は1歳近くまで歩けず,人の世話を必要とする.このことから,スイスの生物学者のポルトマン(Portman, A.)は「人間は生理的早産である」と言った.16

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