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 思い出してみよう.現在学んでいる学校へ入学したころのことを.入学後,「(入学した学校名)の○○さん」,と呼ばれても,いまひとつピンとこなかった.それより,3月まで在学していた××高校の○○さんと呼ばれるほうがしっくりくるし,「自分のこと」と思えたのではないだろうか. 受験後,第一志望校に合格した人は喜びにあふれ,希望とは異なる学校,進路であった人は,無力感や諦めの気持ちで一杯になったかもしれない.また,入学式が近づくにつれて,新しい生活への期待が高まる一方,友達はできるだろうか,学習についていけるだろうか,一人暮らしができるだろうかと不安も感じたのではないだろうか. そして看護の学習を進めて2年生,3年生に進級し,今は「看護学生の○○さん」と呼ばれても「はい」と違和感なく答えられ,「自分のこと」として反応できるのではないだろうか.あるいは,まだ違和感が続いているだろうか. では違和感は,いつごろからなくなるのだろうか. 違和感がなくなる,私は看護学生だと思えることは,移行が終わったということを意味する.移行とは,安定していたときから,次の安定した時期までの間をいい,その期間を移行期という.違和感がある人は,移行の最中である.つまり,移行の期間には喜怒哀楽,さまざまな感情が湧き起こり,それは当事者が,その経験をどのようにとらえるかによって異なり,安定するまでの期間も人それぞれ異なるのだ. これを母性看護で考えてみると,女性は自己の中に母親としての自己を組み入れ母親になる.女性は出産後,生物学的な意味では親となる.しかし,子どもが生まれたからといって,親としての自覚ができて,親としての行動が果たせるわけではない.では一体,いつ「この子の母親だ」,「この子の父親だ」と思うようになるのだろう. 妊娠中,女性はつわりや胎動,腹部の増大といった身体の変化を通して,胎児の存在や成長を実感し,子どものイメージを形成する.一方,男性は胎児心拍音を聞いたり,超音波診断の画像や動画を見たり,妻(パートナー)のお腹が大きくなるのを目の当たりにしたりして,胎児の存在を感じ,成長を理解する.例えば,胎児に話しかけながら腹部を触り,そのタイミングで胎動を感じれば,自分の話しかけに応えてくれたと思い,より一層成長を実感する. このように胎児への働きかけを通し,一人の人と他者とを二方向に結び付ける感情である愛着をもつようになる.そして妊娠中から子どもに対する責任が芽生え,子どものために安全で健康的な日常を送るように生活を整える. 分娩後,およそ4〜6週の間に子どもとの相互作用を通して,子どもへの愛着を高め,子どもの世話をする方法を学ぶ.そして家族の責任と役割を検討し,子どもの世話をする上での意識を高める.子どもがいる生活が特別なことではないと思い,子どもをいとおしみ,子育てに対して喜びや自信をもてるようになる.そして,およそ4カ月ごろになると子どもの母親である自分を受け入れ,自己同一性に母親を組み入 1母性看護の中心概念移 行一つの状態や状況から他の状態,状況へと移ること,その人の時間と活動の両方を含み,変化と経験した時間を結びつけ一つのものとする.移行には,新しい知識を取り入れ,行動を変え,社会的な背景における自己の定義を変えていくことが含まれる. 1母親になること愛 着愛着(attachment)は子どもから親に対する親和的結びつきをいう.母親の子どもに対する愛着感情を,母性的愛着(maternal attachment)という.自己同一性他者とは違う自分であること.一定の集団内における自己の役割の達成によって確立される新たな肯定的自己像のこと.➡家族の発達については,『概論・リプロダクティブヘルスと看護』1章1節4項参照.20

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