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では生物はもはや生命活動を維持できなくなっている.(1)死の三徴候 古来人間は,心臓停止,呼吸停止,瞳孔散大および対光反射消失の3点が揃ったときを人間自身の死と規定していた.これを死の三さん徴ちょう候こうという(表1-1).この状態が確認された人間は再び生命活動を営むことはないとされ,これをもって人間の死とされてきた.(2)脳 死 近年になって,死の三徴候が確認される以前に,確実に死に向かい決して戻ることのない経過をたどる状態を定め,それをもって人の死とする脳死という考え方が台頭してきた.脳死という概念が検討された背景には,「必要以上の蘇生処置は死に逝く者への尊厳を侵害するのではないか」という考え方や,「臓器移植に際しては,より成功への可能性が見越されるべきである」という考え方が生まれた経緯がある. 厚生労働省(当時・厚生省)科学研究費特別研究事業「脳死に関する研究班昭和60年度研究報告書」によれば,「全脳髄の機能喪失は決して全脳髄のすべての細胞が同時に死んだことを意味しない.それは,ちょうど従来の心停止による死の判定がからだ全体のすべての細胞が同時に死んだことを意味しないのと同様である.脳死はあくまで臨床的概念である」とされている.しかし,「ひとたび脳死に陥れば,いかに他臓器への保護手段をとろうとしても心停止に至り,決して回復することはない」という前提から,この脳死判定指針では,全脳死をもって脳死としている. ただ,脳死判定がいたずらに行われないためにも「脳死の判定は,脳死の概念,脳死の判定方法を十分理解,習熟した上で行わねばならない.判定基準を個々の症例に適応する際は,まず前提条件を完全に満たし,次いで判定上の検査結果が,すべて要求と一致しなければならない」とされている.(3)臓器移植 このような準備段階を経て,日本では1997(平成9)年に臓器移植法が制定され,臓器移植を前提とした場合に限り,脳死をもって法的には死とするといった概念が導入された. その後,2009(平成21)年7月「臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律(いわゆる改正臓器移植法)」が成立し,2010(平成22)年7月17日に同法が施行された.さらには,法律の施行に際して法律施行規則や法律の運用に関する指針(ガイドライン)が公表され,家族の承諾による脳死下臓器提供や15歳未満の脳死下臓器提供が可能になった. 「法的脳死判定は臨床現場で行う絶対予後不良を判断する脳死判定とは異なり,法律や施行規則,あるいはガイドラインに則った手順が求められる」とされ,2010(平成22)年度厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業として法的脳死判定マニュアルが整備された. 法に規定する脳死判定を行う場合,脳死とされうる状態には,「器質的脳障害により深昏睡,及び自発呼吸を消失した状態と認められ,かつ器質的脳障害の原疾患が確表1-1●死の三徴候①心臓停止 循環機能の喪失②呼吸停止 酸素の取り込み機能の喪失③瞳孔散大および対光反射消失 身体を自律的に調整している脳幹機能の停止15序論︱人間の身体における本来の働きとその乱れ1

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