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 西欧では,「社会」や「個人」という概念は,宗教改革,市民革命,産業革命などを契機に,封建的身分秩序が徐々に現実的効力を喪失する時期に,伝統社会の身分的な観念に対抗して登場してきた.つまり,明治期の日本に移植された「社会」や「個人」の語には,近代市民社会の成立という,西欧社会の歴史的展開から生まれた意味が内包されており,当時の日本でも,そうした歴史的刻印を帯びた価値概念として,これらの語が自由民権運動などに導入されたのであった. しかし,大正デモクラシー運動など少数の例外はあったものの,第二次世界大戦終結までの日本では国家による上からの近代化が強力に進められ,「個人」を起点とする下からの近代化は極めて不十分にしか進展しなかった,といってよい.同時に,「社会」という言葉も「社会主義」につながる概念として危険視される傾向が強かったといえよう. 一方,今日の日本社会では,「豊かな社会」の中で一人ひとりの生き方が尊重され,「個人」を起点に「社会」のあり方を考えることがますます重要になっている.しかし,生活の個人化の進展を背景に,自己本位(ミーイズム)的な狭義の個人主義的傾向も強まっており,個人を起点とする社会関係の希薄化や,「社会」への無関心,公共心の欠落が懸念されている. 人間は社会の中に生まれ,社会の一員として社会化されていく.このことは,1800年にフランスで「捕獲」された男子(アヴェロンの野生児)の事例をもちだすまでもなかろう.野生児はいくつかの単語を習得するなど人間的な成長を見せたが,一般の人間社会に適応するまでには至らなかった. 個人にとって社会化とは,個人の自己(self)を発達させ,アイデンティティ(identity)を獲得させ,また,その潜在能力を開花させる過程である.一方,これを社会の側からみると,社会化は新しく生まれた個人を制度化された生活様式に適合させ,社会の文化や伝統を教え込む過程である.人間は社会の中で生まれ,当該社会の言語,価値観,規範,行動様式を学習=習得しながら,長い期間をかけて成長していく. 伝統社会にあっては,家族・親族や地域社会が社会化のモデルを提供し,年齢集団や職業などの社会的役割や家族内の地位を安定的に継承させた.すなわち,人々の圧倒的多数は,個人の行為や欲望とは無関係に与えられる,年齢・性・職業的身分などの帰属的地位(ascribed status)を継承した. 一方,近代以降の社会では,帰属的地位よりも,個人の選択や努力によって得られる獲得的地位(achieved status)が重視されるようになり,職業はかつてほど世襲されなくなった.また,家庭教育の役割が後退し,代わって学校教育制度が整備され,人々の社会化において重要な役割を果たすようになった.その教育年数は長期化する傾向にあるが,さらに今日では生涯学習の重要性も強調されるようになっている. 3人間は社会の中で人間になる生活の個人化individualization of life.生活の個人化が進展するとともに,個人が社会的に孤立する傾向も深まるが,同時に,個人の自己決定や自己責任が強調されるようになる.こうした変化を受けて,一人ひとりの差異や生き方の多様性を尊重する「人権」意識の重要性が一層増している.個人主義individualism.広義には,個人の内面に自律的な主体を見いだし,その人格の生来の尊厳に対する普遍的信念を指すが,狭義の個人主義は,欲求・嗜好・感情など個体内発的な要素に基づく私的利益を優先する,自己本位主義を意味する.社会化socialization.個人が他者との相互作用を通じて,諸資質を獲得し,その社会(集団)に適合的な行動パターンを発達させる過程,すなわち人間形成の社会的な過程をいう.自 己self.自分自身の諸特性,地位・役割などについてのイメージ.規 範norm.社会や集団において,成員の社会的行為を一定の型へと制約する規則一般.151社 会

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