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 これまでの精神科医療を振り返ってみると,精神障害者の処遇は実に痛ましい状況であり,社会が無理解であるが故の偏見に,当事者やその家族がいかに苦しめられてきたかを知ることができる. 確かに,1952年にクロルプロマジンが発見されるまでは,奇異な症状を見せる障害者もいて,こころを病む人の精神世界は理解不可能であるかに見えた.しかし近年では,薬物療法の発達のおかげで,著しい精神症状が長く続いたり,強いひきこもり状態にある患者は少なくなったといわれている. かつて,精神科の医師であった呉くれ秀しゅう三ぞう(p.154参照)が,日本において精神科医療の実態を調査したとき,「わが国の精神病者は,精神病者であるのみならず,日本の国に生まれたという不幸を重ねもっている」と述べたが,偏見や差別が根深かったこの国でこころの病を抱えながら生きるということは,当時はこのような重い二重の苦しみを背負うことだったのである. 精神障害者を苦しめる妄想や幻聴などの精神症状が,非日常的に見えたとしても,彼らにとってはその症状自体が生活を脅おびやかす現実の苦しみとなっている.実際にこころを病んだ人々と接してみると,実に傷つきやすく繊細な人々が多く,彼らの中に自分と同じ弱さを見いだすこともある.自分を健常者と考えている私たちと彼らとの間に,どれほどの精神的な構造の違いがあるのだろうか. この世に生きている限り,ストレスを感じずに生活することはできないだろう.どの人の人生にも悩みや葛かっ藤とうはつきものである.例えば,私たちは進学や引っ越しなど,ライフイベントに伴うストレスにさらされながら,苦しいときには泣いたり,友人に心の内を打ち明けるといった方法で,幾度も危機を切り抜けてきた(図1-1).その生活体験の中から自分なりの問題解決方法を身につけ,その経験を自分の人生の中に取り込んで成長しているのである. そのようにして,悩みや不安の渦中にあるときには,気分転換を図りながら一定の期間を過ごし,その状況を乗り越えるとまた自分らしい生活を取り戻すことができる. しかし,精神を病んだ人々は,一度病気になると,その状態から抜け出すことが困難になる.その結果,周囲との交流を拒否したり,自分の世界にひきこもったりしてしまうのである.このよう 2障害のとらえ方 1精神障害者に対するこれまでの処遇 2精神障害は悩みや葛藤の延長線上にある「障害」の表記「障碍」とも表記される(「碍」は「さまたげる,さえぎる」という意味).「害」の字が与えるイメージが好ましくないという考えや,読みやすさへの考慮から「障がい」と表記される場合もある.クロルプロマジン chlorpromazine世界で初めての抗精神病薬.このときから精神疾患に対する薬物療法が開始され,著明な症状は激減した.統合失調症,躁そう病,神経症における不安・緊張などに対して用いられる.図1-1●ライフイベントに伴うストレス131精神障害についての基本的な考え方

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