序 救急外来における診療は意思決定の連続です。患者の状態を把握し、次にどうするのか(どんなことを病歴聴取するのか、どんな検査を行うのか、どのような治療介入を行うのか、患者の転帰はどうするのか)を予測しなければなりません。しかしその予測は時として困難で不確実です。 何百人と同じような患者を診察した経験豊富な医師は、知らず知らずのうちに「なんとなく」判断できるようになり、それがある程度の正確性を持っていることも少なくありません。しかしまだ経験の浅い研修医の「なんとなく大丈夫」には根拠が乏しく、そのような診療は時として患者の安全を脅かすかもしれません。しかしいつでも経験豊富な上級医に相談できる環境になく、夜間の救急外来で迷い悩んでいる医師は多いのではないでしょうか。そのような環境においても精度の高い予測をするにはどうすればよいのでしょうか。 Standing on the shoulder of the giant. これは、先人の積み重ねた発見に基づけば、何かを発見しやすくなることを指した有名な暗喩です。臨床の判断において、経験の乏しい医療者が巨人の肩をかりることは有効かもしれません。過去の知見をもとに判断できれば、自分の乏しい経験をもとにするよりは正しい判断ができるでしょう。 本書で取り上げる臨床予測指標(clinical prediction rule)は頼りになる巨人の肩の一つです。何千例という患者を集積し、どのような点に気をつけるべきなのか、どういった点が重要なのかを、診断や治療などの臨床判断に有用とされる形にしたものがclinical prediction ruleです。 救急外来においてclinical prediction ruleを使うことの強みは2つあると思います。 1つ目は、前述したように経験の浅い医療者にとって判断の拠り所となることです。小児の頭部打撲は救急外来でよく遭遇する主訴の一つです。しかし毎月5例ずつ診療したとしても、年間60例にすぎません。そうした経験から帰宅可能な小児を一般化して見出すことは少し難しいでしょうし、少なくとも多くの時間がかかります。しかしPECARNグループが出したclinical prediction ruleは3万人を超える小児から、どういった頭部打撲であれば安全に帰宅可能かを教えてくれます。小児の頭部打撲を3万人経験するには相当の時間がかかるでしょうから、まさに巨人の肩の上から見通す経験ができるわけです。2Emer-Log 別冊
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