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院中と同等に近い療養ができるようにさまざまな手配をして、家族や周囲の方たちに療養を指導しました。どこにいても同じレベルの医療を提供することが重要だと思っていました。今思うと、家族の方たちにとても大きな負担をかけていたのかもしれません。数年の間に、その考えが間違いであることに気づいたのです。一人ひとりの症状が違うように、暮らしも一人ひとり異なります。日々、多くの高齢の患者さん宅に訪問する中で、在宅医療では、治療するだけではなく、むしろその患者さんの「生活を支える」ための医療を模索し、穏やかな死も含めて、人間の命を考える中でそこにも思いめぐらすことが必要だ、との思いを深めました。中でも、在宅で暮らす認知症の方をどのように支えるのかに苦慮しました。在宅で生活する認知症の方を支援するため、1997年に地域の社会福祉協議会の協力の下、市内の古民家を借りて宅老所「つくしの家」を開設しました。つくしの家は、数名の認知症の方たちが日中に来て過ごし、夕方には家に帰る、今でいうデイサービスのような場所です。毎日6~7名の方が来て、それぞれの時間を、その人なりに過ごしてもらいました。当時の認知症の方に対する医療は、周辺症状(BPSD)を抑えるための薬物治療が中心でした。つくしの家に来ている認知症の方たちにもBPSDはありましたが、過ごすうちに徐々に改善して、投薬を減らすことができました。さらに、表情が豊かになり会話もできるようになっていきました。支援者が生活を支えることで認知症の症状が軽減することを知り、在宅医療にとって生活支援は必要不可欠なものであることを学びました。考えてみれば、患者さんと家族に教えられた毎日でした。外来・入院では理解できない、学ぶことができないと確信すると同時に、支える側として在宅医療は人の生き方・生きがいを支える総合力が必要であり、人は最期までその人なりの生き方をすべく自立尊重が重要であることも知りえました。本書では多数ある中のわずかな事例しか提示できませんが、その事例ごとに人生があり、また楽しみや苦痛も存在します。これは人生の物語なのです。2020年12月新田國夫

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