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「黒のカルテ」まえがき 「王道」の対になる言葉は「邪道」であろうかと思っていたのだが、この「黒のカルテ」の冠は「考究」とされている。考えてみるとこれは当然なのだが、安全第一の医療の場に「邪道」を持ち込めるわけがない。実際、現代医療ではおおよそどのようなケースでも90%以上の成功率が求められるようになっており(緊急でないバイパス手術の生存率等参照)、「邪道」な手法や考え方の立ち入る余地は皆無といってよい。 しかし、医療は常に「王道」を歩めばそれで済むというわけでは決してない。「王道」のど真ん中を歩んで診療を進めているはずであったのに、「予想通りに進まなかった」あるいは「稀な合併症を経験した」ということもよく経験することであり、そこからのリカバリーこそが個々の医師としての実力であることは研修のごく初期にも明らかとなる。 この「黒のカルテ」では一つ一つの症例に関して細かいところまで読み込みながら議論するスタイルが採られており、また現場での質疑応答も随所に再現されているため、非常に現場での実務的な問題点が把握しやすくなっている。さらに、レアケースの診断や機械的な合併症の内容も包み隠さず語られており、なるほど「考究」とはこういうことであったのかと得心がいく。 本書の対象は、循環器専門医を目指す研修医あるいは総合診療医等とされている。が、自分としては「王道」を読んだすべての人に、併せて「考究」を読むことをお勧めしたい。そうでなくては循環器診療のウラオモテを把握することができないであろうし、現場の医師とはこうした「黒のカルテ」で書かれているようなことも「起こる」と想定し、常にバックアッププランを考えながら診療をしていく必要があるだろう。 何事も一面的な捉え方をしていては応用が利かないし、さらにroutine(ルーチン)だけで回していけるほど医療の現場も甘くない。こうした立体的な考え方を身に付けるためには現場で何年も試行錯誤を繰り返す必要があった。こうしたステップはつらいものだが、本書はその苦痛を少し和らげ、期間を短くしてくれるように思われる。 現場で苦労されている多くの方に本書が届くことを祈り、まえがきの言葉とさせていただく。 2021年2月吉日慶應義塾大学 循環器内科香坂 俊

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