家族性高コレステロール血症をご存知でしょうか? 英語ではfamilial hypercholesterolemiaと表記しFHと省略されます。読んで字のごとく遺伝性疾患です。PCSK9阻害薬の発売当初、全国のさまざまな地域で講演させていただく機会がありました。その情報交換会の席で、某循環器ハイボリュームセンターの部長先生から「長年、循環器内科医をやっていますが、わたしはFHを診たことがありません」と言われました。わたしは雷に打たれたような衝撃を受けました。臨床経験が豊富なベテランの先生が、「一度も診たことがない」のは「見逃しているだけ」と断言できるからです。この時、循環器内科医だけでなく、広く一般臨床医にFHを認知していただく必要があると痛感しました。 「遺伝性疾患」というと「希少疾患」というイメージをもたれるかもしれません。しかし、FHは遺伝性疾患の中では最多で、最近の報告によるとその頻度は全世界的に「約250~300人に1人」と考えられています。小学生以来の同級生の中にも何人かいたでしょうし、全国の医学部6学年の中に2人はいる計算になります。循環器内科や代謝内科の患者の中での頻度はもっと多いでしょう。最新の報告では、わが国の急性冠症候群の「12.5人に1人」がFHと考えられています。先の循環器ハイボリュームセンターには、少なく見積もって年間数人から十数人の新規FHが受診しているはずです。 それではなぜFHを見逃してしまうのでしょうか? なぜ見逃してはいけないのでしょうか? FHを診断することは難しいのでしょうか? FHと診断したらどう治療したらよいのでしょう? さまざまな疑問をもたれるでしょう。誰でも最初は自信がもてないものです。でも心配いりません。なぜなら、普通に診療している先生ならちょっと注意するだけで、年間5例くらいのFHを経験できるからです。その家族の中にもFHはいますので、芋づる式に年間十数例以上のFHを経験することができるでしょう。どの疾患でもそうですが、100例も経験すれば自信をもって診療できるようになります。 この本を手に取られた先生が、FHを見逃さないように、自信をもって診療できるように、そして先生方が診られた患者が不幸な転帰をとらないように。そのお手伝いができれば、著者としてこれ以上の喜びはありません。 2021年2月川尻剛照はじめに ― 「FHを診たことがありません」
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