3 心不全は、Godzillaのような巨大モンスターである。巨大モンスターには通常、目に見える弱点がない。弱点がないからモンスターになりうるのである。2020年初頭から猛威を振るっている新型コロナウイルスで、世界中の方々が戦々恐々としている。新型コロナウイルスの感染の機会を最小限にするために、不要不急の外出を制限しているが、新型コロナウイルスのワクチンが出現して、治療薬ができれば新型コロナウイルスはさほど恐ろしいものではないと考えられる。これに対して心不全は、心臓収縮性が低下していても維持されていても、起こりうる。確かに神経体液因子であるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系や交感神経系が関与するのだが、それだからと言ってACE阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬、アルドステロン拮抗薬やβ遮断薬が心不全の特効薬にはなりえていない。心不全のガイドラインに有効であると言われているすべての心不全薬を投与しても、心不全は完全に良くならない、それどころかこれらの薬剤を投与しても全く効果のない症例も出てくる。心不全治療薬のうち、利尿薬を用いると症状は軽減するが予後は良くしない、強心薬を用いると心不全症状は軽減されるが生命予後は悪くなる、心臓移植はすべての方が恩恵を被れない。では、一体どうすればいいのか? 実は、この実態が、心不全の巨大モンスターたるゆえんである。モンスターは日本で言えば“ヤマタノオロチ(八岐大蛇)”である。八岐大蛇は「1つの胴体に8つの頭、8つの尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤であり、体にはコケやヒノキ、スギが生え、8つの谷と8つの丘にまたがるほど巨大で、その腹はいつも血でただれている」とされている。いかにも恐ろしい。八岐大蛇にお酒を飲ませて眠らせて、その頭をはねたのが、八岐大蛇退治で有名なスサノオノミコト(素戔嗚尊)であった。 でも、心不全に対しては、“八岐大蛇に対するお酒“のような特効薬がない。その“心不全オロチ”を退治するためには、“心不全オロチ”の一つひとつの頭を、根気よく順次はね落としていくしかない。心不全のおのおのの頭が何であるか知るためには、心不全における心エコー学、放射線学、薬理学、症候学、大規模臨床研究、ガイドライン・政策、分子生物学、数理科学・AIの8つの頭に対して精通しなくてはいけない。ところがこれまで、そのようなコンセプトで書かれた心不全の専門書はなかった。それを憂えた私は、私と私を支えてくださった医療関係者の英知をここに集結しようと思い立った。でも、スサノオノミコトのように、一人の循環器専門医が“心不全”のありようをお伝えするほうが首尾一貫した戦略が伝わると考え、一人でまとめてみた。単著のため不備な点が多々あるかと思う。ぜひ、ご一読いただいて諸家のご批判を仰ぎたい。そして、皆さんと一緒に“心不全オロチ”を克服したい。それが、心不全パンデミックと言われる現状を打破する唯一の方法論だと思われる。それは患者さんのためであるし、日本のため、世界のためであろうと考える。皆さんが、スサノオノミコトになるために本書が存在する。2021年(令和3年) 春 北風政史緒言
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