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指先にわずかに春の気配かな 私にも研修医の時代がありました.医学生の頃は音楽と読書が趣味で,医師としての始まりに際して,何かをとくに学びたいと思っていたわけではありません.医師という仕事に特別な使命感はありませんでした.ただ新しい人と出会うことの目まぐるしさを楽しんでいたように思います.医学部を卒業したのは1977年のことです.以前からSFが好きでしたが,その年に映画の世界に革命が起きました.医師となった1977年に,スティーヴン・スピルバーグ『未知との遭遇』とジョージ・ルーカス『スター・ウォーズ』が上映されたのです.無重力空間を飛び回る宇宙船の浮遊感に,思わず腰を浮かせたことを思い出します.SFの世界がまるで実写のように目の前に展開して,まさに驚異でした. そうしたある日,大学病院の一台きりの超音波装置が外科病棟にあることを知りました.私は一人の妊婦をともない,外科病棟で初めて胎児を超音波で見ました.真っ暗な超音波室で,母親の腹部を探触子でなぞると,ブラウン管に白絵具で描いたような「丸」が現れました.その「丸」こそ,私が初めて見た「胎児」でした.ただ白くて丸いだけの胎児の頭です.画像は黒と白で,むろん静止画でした.それでも私は,駆逐艦のソナーで敵の潜水艦を発見した水兵のように興奮しました.それが私にとっての「未知との遭遇」でした. 胎児を見た瞬間,私の脳内で何かのスイッチが入りました.「自分はこの日を一生忘れないだろう.超音波で胎児を見ることが自分の一生の仕事になるだろう」 そういう天からのお告げでした.それから40年間,あちこちと寄り道もしましたが,大かたはお告げに従って超音波で見る「胎児の世界」の仕事を続けました.仕事はどこかでまとめられなければなりません.まとめられない限り,仕事は終わりがないのです.ブッダの弟子も,キリストの弟子も,それぞれに仏典や聖書を残しました.自分がブッダやキリストでないなら,自分の仕事は自分でまとめておくほかないだろう.そういう想いで,『動画で学べる産科超音波』を作りました.今回の『プロフェッショナル編』で一応,このシリーズは完結しますが,いずれ新たな構想でお会いできる日が来ると信じています.この『動画で学べる産科超音波』シリーズで,尽きない胎児の不思議を体感していただければ幸いです.  2016年2月2日長崎大学病院病院長 長崎大学大学院産科婦人科学教室教授 増崎英明 はじめにツワブキ

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