はじめに 古典ギリシア語で、時を意味する語にはクロノス（Κρόνος）とカイロス（Καιρός）がある。ともにギリシア神話の神々の名であり、前者は鎌（あるいは鋏）を持った、後者は天秤を持った老男神である。過去から未来へ、一律に流れてゆく物理的な時間がクロノスであり、何らかの事件でそれまでの社会や秩序、個人にとっての価値観や認識が変わる主観的な時がカイロスである。今回の新型コロナウイルスのパンデミックは、わが国にとって明治維新や第二次世界大戦の終戦にも匹敵するカイロスであろう。しかしながら、長い歴史の上で感染症の大流行による社会の変化はたびたび生じている。近くは100年前のスペイン・インフルエンザ、遠くは500年前のコロンブス交換による梅毒の流行、さらに遡って700年昔の黒死病（ペスト）であろうか。これら同様、新型新型コロナウイルス感染症とは1新型コロナウイルス感染症（COVID-19）はコウモリからのヒトへの感染性を獲得した一本鎖RNA（プラス鎖）の新型コロナウイルス（SARS-CoV-2）による新興感染症である。感染者の85％は軽症あるいは無症状だが、15％が重症化し、1〜5％は呼吸不全やサイトカインストームによる全身臓器の障害、血栓症で死に至る。予防には人との距離をあける、マスク着用、密集・会食を避けるなどに加えて、空気中では数時間で不活化するが平滑面で数日間感染力を保つので、多くの人が接触するところの清掃と消毒が必要である。SARS-CoV-2に対するワクチンは開発段階であり、特効薬もない。重症者には酸素投与に加えて、抗サイトカイン療法や抗凝固療法、限定的なステロイド投与が行われている。妊娠における重症度は非妊娠者に比べて特に高いとは言えないが、一定の頻度で母体死亡や子宮内感染例が報告されている。18
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