402350620
13/14

して侵入する。ウイルス複製は細胞質で生じ、ウイルス粒子は細胞内小胞に出芽し、エクソサイトーシスにより細胞外に放出される。エンベロープウイルスなので、アルコールなどの消毒薬や石鹸で容易に不活化できる。ウイルスは主に気道分泌物中に分泌されるが、消化管にも分泌されるため、糞便などの汚物に触れる可能性のあるトイレの清掃や、トイレ利用後の手洗いは極めて重要である。感染経路の大部分は飛沫感染であり、空気感染の可能性は極めて低い。空気中では数時間で不活化するが、机やキーボードなどの平滑面で数日間感染力を保つので3)、キーボードやタッチパネル、手すりなど公共機関で多くの人が接触する可能性のある所の清掃と消毒が必要である。ヒトのコロナウイルス感染症とSARS-CoV-2 オルソコロナウイルス亜科に属するウイルスはさまざまな動物種を宿主とするが、ヒトに感染するのはアルファコロナウイルス属の(human coronavirus)229E、NL63(かぜ症候群)、ベータコロナウイルス属のOC43とHKU1(かぜ症候群)、SARSコロナウイルス1型(SARS-CoV-1)、中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルス(MERS-CoV)の6種類のみであった。今回、新型コロナウイルス感染症の原因ウイルスであるSARS-CoV-2もシークエンス解析からベータコロナウイルス群に属すると考えられている。哺乳類や鳥類にはおのおの固有の宿主を有する多くのウイルス種が知られているが、稀ならず種の壁を越えて家畜や伴侶動物、野生動物由来のコロナウイルスが他の動物種に感染する。今回のSARS-CoV-2は近縁のウイルスがコウモリやセンザンコウに存在することから、食用として取引されたこれらの野生動物由来のウイルスがヒトーヒト感染を起こすように変異したと考えられるが、これは他のコロナウイルスでもしばしば見られる現象である4)。一般に、新興感染症は動物の感染が人獣共通感染症となり、やがてヒト-ヒト感染を起こすように進化するが5)、今回は図らずもその経過を我々は目の当りにすることになった。SARS-CoV-2はSARS-CoV-1と近縁であるが、それ以上に近縁なウイルスがコウモリやマレーセンザンコウから見つかっており、SARS-CoV-1から進化したわけではない。全シークエンス解析から明らかになったSARS-CoV-2の特徴の一つは、Sタンパクに新たにFurin切断サイトを獲得した点がある6)。ゴルジ体にある宿主由来のプロテアーゼFurinは、ウイルスのSタンパクを切断して活性化し、ウイルスが細胞に感染できる状態にする。SARS-CoV-1など他のコロナウイルスでは別のプロテアーゼ切断サイトがTMPRSS2による切断を受けることから、SARS-CoV-2の臨床像がSARS-CoV-1と異なる要因の一つは、Furin切断サイトの獲得によると考えられている。本疾患が出現した直後、このウイルスにはHIVに類似した遺伝子構造が含まれ、すわ中国による生物兵器かという論文が出たがすぐに撤回された。ウイルスの遺伝子にはたまたま似た言い回しが出てくることはよくあるが、偶然の一致に過ぎないのである7)。自然界のホスト動物は先に述べたコウモリと考えられているが、ネコや犬などのペットにも感染しうることがわかっている。現時点ではペット動物からヒトへの感染は報告がないが、接触後は手を洗う、食器を分けるなどの配慮は必要であろう。211新型コロナウイルス感染症とは第1章 新型コロナウイルス感染症概論

元のページ  ../index.html#13

このブックを見る