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脳血管の歴史古代エジプトではミイラ作製の技師達が解剖学に関する知識を持っており,高度な死体処理技術を持っていた.古代エジプトの信仰として,魂は心臓に宿ると考えられていたため,心臓だけは遺体に残して,そのほかの内蔵を取り出してカノープスの壺に入れて死者を埋葬した.脳は精神の首座と考えられていなかったため,鼻孔を経由して取り出した後は防腐剤が塗布された麻のリネンが頭蓋内に充填された.この顔面や頭皮を一切傷つけずに頭蓋内へアプローチする手法は,今日の脳神経外科の低侵襲手術の技術に相通じるものがある.エドウィンパピルスという記録書には,頭蓋縫合(suture),髄膜(meninx),大脳皮質(cortex),脳脊髄液(cerebrospinal uid:CSF),頭蓋内脈波(intracranial pulsation)といった内容や,脈管でいえば心臓が血管と接合されていることなどに関する記述がある.しかし,血管・脈管における動脈と静脈の区別がついていないこと,またその血管系には血液だけでなく,空気が運ばれると信じられていた点などは,循環器についての確かな知識がなかったことを意味する1).動脈血で空気が運ばれるという概念は,のちのギリシャの賢者ガレノスに引き継がれていく.紀元前数世紀頃の古代ギリシャではヘロフィロス(Herophilos)という医師がいた.彼は生きた囚人の解剖などから脳が神経系の中枢で,知性の在処だということを突き止めた.この知識を元に紀元後にガレノスは医学大系を形作る.彼は精神や生命の息吹,気,精魂(pneuma)141 知っておきたい血管解剖の基本 20世紀に入りX線撮像装置の発明と脳血管撮像の開発により,人体の脳血管が造影剤の陰影として描出されるようになった.これに伴い中枢神経疾患の多くが診断可能となり,1970年代のコンピュータ断層撮影(computed tomography:CT),および1990年代に導入された磁気共鳴断層撮影(magnetic resonance imaging:MRI)の登場で,脳血管障害の多くが早期に診断可能となった.また1980年代よりカテーテルにより病変へ到達する技術が発達し,マイクロカテーテル,プラチナ製コイルの開発により1990年代後半には多くの脳動脈瘤が開頭手術を行わなくても治療できるようになった. 本稿では脳血管の歴史と治療するうえで必要な脳動脈の基本的な解剖について解説する.内頚動脈(ICA),前大脳動脈(ACA),中大脳動脈(MCA),椎骨脳底動脈(VBA),後大脳動脈(PCA),ウィリス動脈輪(arterial circle of Willis)第1章脳血管疾患と血液の流れ

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