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の源泉は脳室にあり,そこに貯えられた精神・精気は空気中に存在し,視神経を通って眼に送られて意識や視覚が生じると考えた.全身に気を送るという彼の「精気論」は,キリスト教会の世界観とも符号したことからその後1500年近くヨーロッパを中心に信じられ,ある意味ガレノスの呪縛によって医学の進歩が止まっていた.ルネサンス期,万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci,1452-1519年)は精緻なスケッチを用い,人体の内部構造を研究し,解剖学は大きな発展を遂げる.レオナルド・ダ・ヴィンチが62歳の年に,神聖ローマ帝国の支配下にあったベルギーの医家にアンドレアス・ヴェサリウス(Andreas Vesalius,1514-1564年)が生まれた.幼少時より,近所の犬や猫などを解剖し,また墓地に入って人骨を掘り出してはコレクションし,教会から破門されそうになるなどの奇行も目立つ少年ヴェサリウスであったが,代々医家であった家に生まれた彼は,19歳でパリ大学に入学,その後持ち前の解剖技術と知識で弱冠23歳にしてパドヴァ大学外科学と解剖学の教授に任命された.彼の深い洞察力と豊富な解剖知識は精緻な図譜となって出版され,その書は全世界へ流布された.しかし脈管に関しては動脈と静脈の区別がついていなかった(図1).ファロッピオ(Gabriello Fallopie,1523-1562年)は,ヴェサリウスの2代後のパドヴァ大学の解剖学教授になった.彼は頭蓋内脳動脈は,頭蓋底のレベルでcircleを形成し,豊富なcollat-eralの存在があることを示した.この頃になると脈管はただの輸送管ではなく,組織に栄養や酸素を供給する機能を持った構造物であると理解されるようになっていく.同時代の英国人解剖学者であり,神経学者であったトーマス・ウィリス(Thomas Willis,1621-1675年)は,自ら解剖を行い,脳循環の機能解剖学を神経学の観点から解析,血管の中に色素を注入するという手法を駆使して,ファロッピオの提唱した脳動脈が頭蓋底部においてcircleを形成していることを立証,circel of Willisにその名を残す2).またウィリスは,一過性脳虚血発作(transient ischemic attacks:TIA)が塞栓によって起こることも発見し,近代脳血管解剖学を大きく進歩させた (図2).同時代人には天文学者のガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei,1564-1642年)がいた.図1 アンドレア・ヴェサリウスの自画像と脳底部の解剖所見脳神経は正確に描写されているが,動脈の描写がない.図2 トーマス・ウィリスが1664年に描いた脳底部の動脈輪ヴェサリウスの時代に比べるとより精緻な描写となっている.15第1章脳血管疾患と血液の流れ知っておきたい血管解剖の基本1

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