2 Fiber dissection studyは,古くはルネッサンス期16世紀の欧州に始まった伝統的なマクロ解剖技術であるが,20世紀の半ばにLudwig(ルートヴィッヒ,1855-1918)とKlingler(クリングラー,1888-1963)によって集大成とも言えるアトラスが出版された頃,一つの頂点を迎えた.以後,人類の関心はマクロ解剖というよりは,さらに微小な組織の探求に向かった.しかし,21世紀に入り,50有余年の沈黙を経て,神経科学の進歩によって白質解剖・大脳のマクロ解剖学は再びスポットライトを浴びている. 神経科学の進歩とは,すなわち,拡散テンソル画像・トラクトグラフィに代表される拡散系MRI画像による生体内の白質線維の可視化と機能的MRI(functional MRI:fMRI),特に安静時fMRIの登場であり,脳波(electroencephalography:EEG),皮質脳波(electrocorticography:ECoG),脳磁図(magnetoencephalography:MEG)など電気生理学の発展と相まって,脳内のネットワーク解析の進歩が目覚ましい.また,これらにとどまらず,高次脳機能を含む脳機能に関する障害学的な知見の集積,覚醒下手術や脳表硬膜下電極留置の際に脳組織を直接電気刺激して得られる所見の集積がある.はじめに こうした近年の神経科学の進歩により,これまでの脳という臓器に対する皮質中心の固定化した局在的脳機能観から,よりダイナミックに変化するネットワークの臓器としての脳機能観へと新たな展開がみられる.脳神経外科手術においても,これまでの比較的単純な,あるいは基本的な神経機能の温存を越えて,豊かな社会生活を営むうえで,言語を含む高次脳機能の温存の重要性が認識されるようになり,脳神経外科医にとって今後こうした白質解剖と脳機能に関する十分な知識が欠かせない. 米国のHuman Connectome Project,欧州のHuman Brain Projectなど大規模な研究プロジェクトにみられるように,人類は今や脳内のネットワーク・神経回路の全容解明に向けて歩み始めている.その道のりは途方もなく遠いが,大脳のマクロ解剖は,そのための重要なステップである.現在新たな白質線維が次々と「発見」され,あるいは既存の白質線維の詳細が報告されており,その意味で白質解剖はまさに,第2のルネッサンス期を迎えていると言っても過言ではない.さらに,拡散系MRIにより描出された白質線維は,あくまでも一定のモデルに基づいて数学的に求められたものであり,これらの白質線維が実際に存在するのか,という本質的な問題を抱えている.白質のマクロ解剖を検証する方法論としても,死後脳第1章大脳白質解剖概論藤井 正純 ふじい まさずみ福島県立医科大学医学部脳神経外科学講座
元のページ ../index.html#10