iv 白質解剖の感激は今でも忘れない.それまで断面でしか見ることのなかった脳解剖が,fiber dissection studyでは立体的な実物として目の前に立ち現れる.弓状束が,放線冠・脳梁の線維群が,自分の手元で明らかになる.視床から投射される大量の線維群,尾状核の美しい姿,醍醐味は尽きず,脳の解剖は時を忘れる.画像ではない,目の前の本物の脳の放つ輝きは,これまでに感じたことのない感動をもたらす.ちょうど今のように寒い2012年の冬の日であった.Uğur Türe先生がGazi Yaşargil先生とともにアーカンソー大学で開催されたハンズオンコースに参加した時のことである.この感動が忘れられず翌年も参加したが,日本でも自分たちの手で継承すべく,2015年に福島白質解剖セミナーを立ち上げて,以後毎年開催している. 脳のマクロ解剖は16世紀の古から行われ,20世紀の前半にはその頂点を迎えたが,以後長い沈黙が訪れる.今世紀に入って,拡散系MRIによる白質線維の可視化・安静時fMRI解析など,神経科学の進歩によって「ネットワークとしての脳」が解明されつつある.ただし,こうした画像解析はすべて数学の産物である.白質解剖は実在を確認するための手段として再度脚光を浴びている.今や,新たな線維連絡が次々に発見され,既知の白質線維束の詳細解明,すなわち「再発見」が進んでおり,白質解剖は神経科学のまさに「温故知新」である.患者の真に豊かな人生を実現するためには,運動・感覚・聴覚・視覚など基本機能だけでなく,言語・空間認知などさまざまな認知機能・高次脳機能を守ることも重要であり,現代医学のfrontierの一つと言える.このためには,一次中枢だけでなく,連合野とこれらをつなぐ白質のさらなる解明が欠かせない.白質解剖は,さらに,研究のみならず脳解剖を理解するための教育としても,大きな役割を果たすことが期待される.脳に携わる臨床家・研究者・学生はすべからく経験してほしいと感じている. この場を借りて,本書を発案・牽引してくださった森健太郎先生,辛抱強くご協力をいただいたメディカ出版編集部の岡哲也さん,多大なるご助力とご理解を賜った福島県立医科大学解剖学講座の八木沼洋行先生に感謝を申し上げるとともに,献体いただいた方々に敬意と謝意を捧げたい.本書が,手にとるすべての人にとって役立つものになることを願ってやまない.HIC GAUDENT MORTUI VIVENTES DOCERE(ここでは,死者は喜んで生者を教える;福島県立医科大学解剖室より)平成31年1月福島県立医科大学医学部脳神経外科学講座藤井 正純序 文
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